2011年10月2日日曜日

第四百十三段 ミャンマー、戦略的重心の移動?

東西を見れば東南アジアと南アジアの接点、南北を見ればベンガル湾(インド洋)と中国雲南の接点、そんな地理的要衝とも言えるミャンマーという国は、「人権」「民主化」といった問題で西側諸国と長らく対立し、その反射的行動として、自国と利害が一致する相手ならばその政治体制如何を問わず支援の手を差し伸べる中国に接近するという外交スタンスを採ってきた。
その結果、ミャンマー政府は西側諸国の制裁に対抗若しくはそれを無力化するための格好の後援者を獲得したことによって安定の度を増し、一方の中国は支援の代価として、ミャンマー領ココ諸島(インド洋)に通信傍受・レーダー施設を設置、ミャンマー国内全発電所(建設中のもの含む)の6割の建設・運営に中国企業が参加(注1)、ベンガル湾に面したチャウッピューと雲南省昆明を結ぶ石油・ガス・パイプラインの敷設(現在工事進行中)といった具合に大きなプレゼンスを築くことに成功した。
こうした事情によって、「中国-ミャンマー関係=蜜月状態」という図式が広く国際社会に長らく流布することとなった(注2)。

だが最近、ミャンマーの戦略的重心の置き所に変化を感じさせる報道が続いている。

1.日本とのレアアース共同開発(以下の引用は共同通信2011年9月26日より)(因みに、2000年代に入ってから尖閣諸島や東シナ海の支配・権益を巡る日中間の対立がとみに激化しつつあることは贅言を要しないであろう)。
 政府はミャンマーとレアアース(希土類)を含む天然鉱物資源を共同開発する方針を固めた。計画具体化のため、ミャンマーのワナ・マウン・ルウィン外相に年内にも訪日するよう非公式に打診している。昨年、中国漁船衝突事件後に中国のレアアース輸出手続きが停滞したことを教訓に、複数の安定供給ルートを確保する必要があると判断した。関係筋が25日、明らかにした。

 今年3月にミャンマーが軍事政権から形式的ながら民政移管を果たしたことも踏まえたが、民主化が十分でない段階で、本格的な経済関係強化への取り組みは時期尚早との意見も出そうだ

2.中国からの支援を受けて進めていたイラワジ川上流でのミッソン・ダム(注3)建設中止(以下の引用はAFPBBNews 2011年10月1日より)。
ミャンマーのテイン・セイン(Thein Sein)大統領は9月30日、中国の支援を受けている総工費36億ドル(約2770億円)の巨大ダム計画について、ミャンマーでは珍しい世論の反対に応えて、建設の中止を命じた。

 ミャンマーでは、実質は旧軍事政権の支援を受けながら名目上は民政に移行し、新政権が発足したが、北部カチン(Kachin)州のイラワジ(Irrawaddy)川流域に計画されていたミッソン・ダム(Myitsone Dam)に対して高まっていた。反対は、民主活動家や環境運動家らにとって新たな自由の試金石となった。
 
 政府高官によると、テイン・セイン大統領は首都ネピドー(Naypyidaw)で開かれた議会で、現政権の間はミッソン・ダムの建設を中止すると発表した。同計画は中国のエネルギー大手、中国電力投資集団(China Power Investment)の支援を受けていた。

 環境活動家らは、同ダムを建設すれば、シンガポールと同程度の面積の地域に川が氾濫し、数十の村が水没し、1万人が移住を余儀なくされるほか、世界で最も多様な生態系のひとつとされる地域が回復不可能なほどのダメージを受けてしまうと警告していた。

 民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チー(Aung San Suu Kyi)さんも当局に計画の見直しを求めていた1人だった。


3.インドとの貿易額を2015年迄に30億ドル相当まで拡大させる意向の表明(注4)(以下の引用はEurasiaReview 2011年10月1日より)(因みに今月19日、インドとベトナムとの間で成立した南シナ海における石油・天然ガス共同開発合意に対し、中国外務省はこれに反発する声明を発表している)。
India and Burma will seek to diversify trade over the next four years as it sets a target of $US3 billion, effectively doubling current figures, in bilateral trade by 2015.

The goal was set on Tuesday following a meeting of the Joint Trade Commission, attended by Burma Commerce Minister Win Myint and his Indian counterpart, Anand Sharma.

India currently ranks as Burma’s fourth largest foreign investor but has sought to gain greater economic leverage in the country, both in an effort to weaken China’s influence there and gain stable access to the ASEAN economies.

Sharma was quoted in The Hindu as saying: “We need to work towards broad-basing our trade basket. Let us encourage businesses on both sides to utilise Duty Free Tariff Preference Scheme and ASEAN FTA channels to diversify trade.”

India has made expansion into Burma a key priority over the coming years as it looks to gain more clout among the developing Southeast Asian economies. It is also fearful that China’s continued rise will see it out-compete India on a number of fronts, including extraction of Burma’s huge wealth of natural resources.

Burma on the other hand is known to be wary of an over-dependence on China, despite the political shielding that a strong relationship with Beijing carries, and has looked to develop ties with India and Russia as a means to avoid this.

To an extent the ball appears to be in Burma’s court, at least for the time being, as Delhi makes regular overtures to Naypyidaw in an attempt to embrace the new government. When Indian foreign minister S M Krishna visited Naypyidaw in June, one of the first senior foreign officials to break ground with the new Burmese government, he offered 10 heavy-duty rice silos as a gesture of goodwill.

One major bilateral venture underway is the $US120 million Kaladan Multi-Modal Transit Project designed to link Indian ports to Burma’s western coastal town of Sittwe. Goods could then be shipped to Sittwe and on into Southeast Asia.

The Tavoy deep-sea port project in southern Burma is also being seen as a hub of connectivity between ASEAN economies, as well as China, and Indian and European trade, which hitherto has struggled for a coastal gateway to Southeast Asia.

India’s perennial competition with China was brought into sharp focus over the Shwe oil and gas pipeline project, which Delhi had originally bid for but lost out to China. The deal was thought to have been sealed after China pledged diplomatic protection in the UN Security Council, something India cannot offer.

While India’s trade with Burma last year stood at $US1.5 billion, China’s exceeded $US10 billion. Of the total Burmese exports to India, 97.5 prcent were pulses and wood products, The Hindu said, despite India’s hunger for Burmese gas and hydropower.

これら一見すると「ミャンマーの中国離れ」を示唆するようなニュースが相次いで流れてくると気になってくるのが、中国の勢力拡大、現状破壊勢力的な振舞いに神経を尖らせる日米印といった国々がこの機を捉え、長らく強固とされてきたミャンマー-中国蜜月にどれほど大きな楔を打ち込むことができるのかという点(注5)、そしてもしミャンマーの戦略的重心の移動がより鮮明化してきた時、同様に中国への政治的経済的依存が進んでいる北朝鮮にどのような影響が及ぶのかという点(注6)(注7)、以上の2点である。

注釈
注1.なお、2010年12月15日に稼働を開始したイェーユワー水力発電所(発電量790MW タービン4基設置)の建設費用7億ドルのうち、2億ドルは中国輸出入銀行からの融資で賄われている。
注2.中国ほどではないにしろ、他に政府レベルでミャンマーと良好な関係を築いている国としてインド、タイ、ロシア、北朝鮮が挙げられる。また、最近では電力供給等のインフラ整備が不十分であることを承知しつつも低廉な人件費に魅力を感じた日韓のアパレル・繊維企業が多数ミャンマーに進出している。ただし、日韓両国とも政府レベルでは「人権」「民主化」を重視する欧米諸国との関係、そしてミャンマーが北朝鮮と良好な関係にあるといった事情から、積極的にミャンマー政府との関係強化に乗り出しにくい状態が長らく続いてきた。
注3.ミッソン・ダム建設計画によれば、同ダムの発電量は6000MW(発電量750MWのタービンを8基設置)、2019年の完成を目指していた。
注4.2008年時点のデータだが、ミャンマーの輸出額は70億ドルで主要相手国シェアはタイ38.7%、シンガポール12.5%、インド11.9%、香港9.8%、中国9.1%となっており、輸入額は43億ドルで主要相手国シェア中国26.4%、シンガポール23%、タイ8.6%、マレーシア7.9%、インドネシア4.6%となっている。
注5.もし日米印といった国々が中国牽制のため、それとミャンマーの関係に楔を打ち込もうとするならば次の二つが政策を進めていく上で必要不可欠なものとなろう。1つは、「中国の勢力拡大阻止」という大事の前に「ミャンマーの民主化が不十分である」という小事には目をつぶってミャンマー政府に手を差し伸べる、謂わば「清濁併せ呑む」姿勢。もう1つは、東南アジアや東アジアに死活的な安全保障上の利益を有さないがため、対ミャンマー政策についても勢力均衡の現実より「人権」「民主化」といった原理原則に重きを置いた教条主義的アプローチを採り続けるであろうEU諸国等の押さえ込みである。
注6.北朝鮮の経済面、政治面における対中依存は今まで度々報じられているが、一方で北朝鮮は、建国以来金日成率いる自主独立派と隣国中国との協調を重視する親中派の権力闘争が度々繰り広げてきたという歴史も有していること、そして最近の北朝鮮が米韓露といった周辺諸国との対話・協調姿勢に転じていることにも注意が必要であろう。
注7.たまに「ミャンマーが核兵器開発計画を進めていて、北朝鮮がそれを支援している」という旨の報道が流れることがある。仮に事実としても不思議はない話ではあるが、現状で真偽のほどは不明である。

参考資料
・AFPBBNews 「ミャンマーが巨大ダム計画中止、同国異例の抗議に応え」 2011年10月1日
・BBC 「Burma 'trying to build nuclear weapon'」 2010年6月4日
・EurasiaReview 「India And Burma Set $3bn Trade Target」 2011年10月1日
・共同通信 「ミャンマーとレアアース共同開発 供給確保で政府方針」 2011年9月26日
・工藤年博編 「ミャンマー経済の実像 -なぜ軍政は生き残れたのか-」 2008年3月 アジア経済研究所
・国別情勢研究会 「ARCレポート ミャンマー 2011/12」 世界経済情報サービス
・時事通信 「南シナ海資源開発は「違法」=越印の合意に反発-中国」 2011年9月19日
・二宮書店編集部編 「データブック オブ・ザ・ワールド 2011 -世界各国要覧と最新統計-」 2011年1月 二宮書店

<当ブログ関連段>
・第三百五十一段 緬甸デベロップメント
・第四百十一段 マハーラージャーは北面す
・第四百六段 露朝韓ガス・パイプライン構想と日本