2011年10月28日金曜日

第四百二十段 とある冷戦厨のボヤキ

情報の自由化が東欧革命を招き、それが更にソ連崩壊の一要因となったことは、巷間よく言われる。

結果、欧州は平和となった。EUは長らくソ連の勢力圏であった東欧やバルト海東岸にまで拡大し、西欧主要国は防衛予算を削減し続けた。そして、そんな現状に降って湧いた「ギリシャ危機」問題もまた、現状では「欧州の平和」を強く感じさせるものとなっている。
というのも、当該危機における西欧主要国の政治家、メディアの焦点は経済的若しくは金融的事象にのみ向けられているからである。
もしソ連(或いはそれに代わる膨張主義的な軍事的脅威)が現存していたならば、歴史的にギリシャがバルカン半島と中東、そしてアドリア海を通じて南欧との結節点に当たること(注1)、ギリシャに属するクレタ島が黒海と東地中海、更にはシナイ半島(スエズ運河)を通じて紅海に睨みを利かせるには絶好の位置にあること(注2)、故に1947年、時の米国大統領トルーマンがギリシャ(並びに隣接するトルコ)がソ連の手に落ちることを防ぐために「トルーマン・ドクトリン」を発表した、という地政学的若しくは歴史的なポイントが話題の俎上に上がり、かつそれがEU諸国の対ギリシャ支援の正当性をより強めたであろうことは想像に難くない。だが、現実に繰り広げられている「ギリシャ危機」に関する議論・展開は全くそうではない。
つまり、「ギリシャ危機」について、安全保障的な観点が一切顧みられることはなく、金勘定の話のみにスポットライトが当たっている現状こそ、重大かつ切迫した脅威の存在を欠いた「泰平の欧州」をこれ以上ない雄弁さで語る証人なのである。

一方、これと対照的なのが、ユーラシア極東部(概ねASEAN+3地域)である。そこでは、ソ連を「共通の敵」とした日米中蜜月が崩壊し、各国(日本除く)においては市場経済の導入・拡大による急速な経済成長を背景とした軍事力の近代化が続いている。
その上、各国において今まで長らく政権の強い統制下にあった報道の自由化が徐々に進む過程で、

A国において、ある事件をきっかけとして反B国感情が炎上

B国マスコミがそれを自国内に報道

B国内でA国に対する反感が高まる

A国マスコミがそれを自国内に報道

更にA国内の反B国感情が悪化

それをB国マスコミが自国内に報道

(以下略)

という一種のマッチ・ポンプ現象が発生し、経済的な結びつきの強化とは裏腹に、各国民の排外的なナショナリズムをより昂進させる結果を招いている。これと政治の自由化・民主化進行によって各国政府が従来よりも世論受け・大衆受けを気にしなければならなくなったこと、そしてかつて各国政府に自重を強いてきた「相手国と下手に対立すればソ連につけ込まれる」という恐怖感の完全消滅等が相俟って、ユーラシア極東部は各国間の極端化硬直化した対外政策の応酬が繰り広げられ易い環境となってしまっている(注3)。
ぶっちゃけた話、極東は、ソ連が消滅して情報の流れの自由化が進行している現在の方が、ソ連が存在して情報の流れも各国政府の強い統制下にあった冷戦期より、各国の対立が炎上・爆発し易い物騒な状態となっているのだ。

「ある者にとっての朗報は、他の者にとっての訃報」というのがこの世の理ではあるが、それにしてもあまりに対照的な極西と極東の有り様である(注4)。

ほんと、冷戦の頃はよかった・・・・・(少なくとも、鉄のカーテン・竹のカーテンの外側にいて、かつ、極東に住まう人間にとっては)

注釈
注1.なおバルカン半島がかつて「欧州の火薬庫」と呼ばれ、最近も旧ユーゴ紛争という形で火を噴き、現在も、政治的経済的権益の配分を巡って、域内諸国の中では
民族・宗教間の対立が燻っていること、そして中東が現在進行形で「世界の火薬庫」たることはよく知られている通りである。
注2.この辺り、欧州、中東、北アフリカに勢力を拡大したビザンツ帝国やオスマン帝国の例も想起されたい。
注3.端的な例を挙げれば、2000年代に入ってから頻発する中国の反日デモとそれを報道で知った日本国民の対中感情の悪化が挙げられよう。
注4.面白いのが、冷戦崩壊後の世界におけるアメリカ合衆国の立ち位置である。というのも、大西洋岸に位置するウォール・ストリートが冷戦崩壊とそれに伴う市場経済の全世界への拡大によって多大な恩恵を享受した一方、ハワイやグアムといった太平洋側の拠点においては、対中関係の複雑化及び極東情勢の緊張増という形で冷戦崩壊のしっぺ返しを食らうことになったからである。