2011年11月28日月曜日

第四百二十五段 東欧原発事情

増え続ける電力需要対応への切り札とされ、福島第1原発事故以後も建設計画続行や新設計画の発表等が続く原発について(注1)、特に東欧(一部旧ソ連諸国や北欧含む)の10月~11月の動向についてまとめてみようかと思う。

ロシア
カリーニングラードではロスアトムによる原発建設(VVER-1200:2基 総出力2300MW)が進められており、ロシア電力大手のInterRAOはドイツに対して同原発からの電力供給を提案している(注2)。また、旧ソ連時代からの技術的連続性を武器として国営原子力企業ロスアトム子会社アトムストロイエクスポルト(以下「ASE」と表記)を通じて東欧諸国原発新設・拡張案件での受注獲得に積極的に動いている。

ブルガリア
露ASEと組んでベレネ原発建設計画(2008年建設工事開始 PWR:2基 総出力2000MW)を進めているが、建設コスト見積りを巡って対立が発生する等、計画は難航している。なお同案件についてはHSBCが資金調達についてアドバイザーを務めている(注3)。また、コズロドイ原発(1~4号機:VVER-440 5~6号機:VVER-1000)についても設備の近代化や7、8号機増設といった話が浮上している。

フィンランド(厳密には北欧の国だが・・・・)
ピュハヨキでの原発建設(総工費40億~60億ユーロ)が確定して2015年の着工開始を予定してい る。当該案件には東芝とアレバが応札しており、2012年にどちらが受注するかが確定する。また、同国では将来的に原子炉7基態勢とすべく、他にもう1基 の原子炉建設計画もある(注4)。

リトアニア
ビサギナスに総工費30~40億ユーロをを投じての原発建設を計画している。建設はGE日立が受注し、2020年の稼働開始が見込まれている。また当該原発プロジェクト会社が設置され、株主構成は51%:GE日立、34%:リトアニア政府、残余:エストニア、ラトビア、ポーランドの各投資家となっている(注5)。

チェコ
テメリン原発及び南モラビア・ドコバニ原発の拡張計画がある。前者は総額2000億コルナを投じて3号機と4号機を増設しようとするもので、10月に入札手続きが開始され、現状ではWH、アレバ、露ASEとチェコ・シュコダJSの連合の3社が参加している。応札は2012年中頃締切予定で、2013年末までに発注先が確定されることとなっている。現段階では露・チェコ連合の優勢が伝えられているが、チェコ情報機関は自国エネルギーインフラに露企業が関与することについて懐疑的な立場をとっているとも伝えられている(注6)。後者については、既存原子炉が寿命を迎える2045年までに1基以上の原子炉増設を計画している(注7)。

スロバキア
ボフニチェへの原発増設を目指してチェコと合弁企業を設立しており、2012年中頃に建設計画の予備調査をとりまとめることとしている。なお当該合弁会社の出資比率は、CEZ(チェコ国営電力会社)が49%、JAVYS(スロバキア国営エネルギー会社)が51%となっている(注8)。

ポーランド
原子炉2基からなる原発の建設計画があり、11月に同案件の入札が開始されている(2012年1月末締切)。応札した企業としてWH、GE日立、アレバ・EdF連合の名が挙がっている。原発の建設地は複数あるが、現状ではバルト海沿岸部のジェルノビェツが最有力視されている。建設コストについては現段階で350億ズロチが見込まれている(注9)。

ベラルーシ
露ASEを発注先としてフロドノに原子炉(AES-2006)2基からなる原発の建設を計画している。2012年第1四半期内に全交渉妥結と条件確定を完了させて着工し、2017年に1号機、2018年に2号機がそれぞれ稼働開始となる予定である。建設費用として90億ドルが見積もられているが、ロシアのプーチン首相(来年の大統領選で大統領職への返り咲きが有望視されている)は、ベラルーシに対して原発建設を目的としたローン(総額100億ドル)を供与する意向を示している。(注10)

この他、2011年10月~11月においては目立った動きが報じられなかったものの、ハンガリーやスロベニア、ルーマニアにおいても既存原発の拡張・近代化計画が存在している(注11)

これらの動きを年表及び地図にまとめると以下のようになる。

2011年10月
・チェコ・テメリン原発拡張の入札開始(翌年中頃締切)
2011年11月
・ポーランド原発建設の入札開始(翌年1月末締切)
2012年
・フィンランド・ピュハヨキ原発建設業者確定
・中頃にスロバキア・ボフニチェ原発計画に係る予備調査取りまとめ
2013年
・ポーランド原発建設発注先確定予定
・チェコ・テメリン原発拡張発注先確定予定
・ブルガリア・ベレネ原発1号機稼働開始予定
2014年
・ブルガリア・ベレネ原発2号機稼働開始予定
2015年
・フィンランド・ピュハヨキ原発建設開始予定
2016年
・ポーランド原発建設開始予定
・露カリーニングラード原発1号機稼働開始予定
・ルーマニア・チェルナボーダ原発3号機稼働開始予定
2017年
・ベラルーシ・フロドナ原発1号機稼働開始予定
・ルーマニア・チェルナボーダ原発4号機稼働開始予定
2018年
・ベラルーシ・フロドナ原発2号機稼働開始予定
・露カリーニングラード原発2号機稼働開始予定
2020年
・ポーランド原発1号機稼働開始予定
・リトアニア・ビサギナス原発稼働開始予定
2022年
・早ければチェコ・テメリン原発3号機が稼働開始(翌年内になる可能性もあり)
2024年
・チェコ・テメリン原発4号機稼働開始予定
2030年
・ルーマニア新原発(トランシルバニア地方に設置予定)稼働開始予定
2045年
・チェコ・ドコバニ原発既設炉が寿命を迎える

東欧原発新設・拡張地図(計画段階のもの含む)

これら東欧諸国が原発新設・増設を積極的に進めている背景には、国内要因と国外要因がある。
国内要因は、各国の生活水準向上や経済活動活発化による電力需要の高まり、そして大気汚染等の問題をもたらす火力発電の代替、この二つからなる。
国外要因は、ロシアに電力やエネルギー資源を依存することへの歴史的な警戒感、そして人口でも経済力でも欧州最大の勢力たるドイツへの売電、この二つからなる。
これら4要因のいずれが最も有力な要因かは各国によって異なるが、一般にポーランドとリトアニアの原発新設については対露警戒感という要因が強く、逆に露カリーニングラードやベラルーシにおける原発新設はドイツへの売電という要因が大きいとされている。

なお全ての東欧諸国が電力・エネルギー需要への対応策として原発一本槍というわけではなく、ポーランドがシェールガス、ルーマニアが風力といった具合に原発建設と並行して非在来型のエネルギー資源・電源開発を進めている国もある。

注釈
注1.なお、2011年3月11日~11月27日の時点で、原発の新設・増設計画の停止といった脱原発政策を打ち出した国は、ドイツ、イタリア、スイス、イスラエルにとどまっている。
注2.InterRAO提案については「東欧経済ニュース」No749参照のこと。
注3.「原子力年鑑」2011年版によれば、当初40億ユーロであった建設コストは100億~200億ユーロまで膨張しているという。なお「東欧経済ニュース」No745によれば、ブルガリア国営電力企業NEKと露ASEとの建設コスト負担を巡る交渉は、最終合意期限が2012年3月まで延期されることとなった。
注4.共同通信の2011年10月6日付「ロシア・東欧ファイル」参照のこと。
注5.当ブログの第三百八十八段「ロシアは天丼がお好き」をご参照頂きたい。
注6.チェコ・テメリン原発拡張については「東欧経済ニュース」No746参照のこと。
注7.チェコ・ドコバニ原発拡張については「東欧経済ニュース」No748参照のこと。
注8.「東欧経済ニュース」No746参照のこと。
注9.ポーランド原発案件については、「東欧経済ニュース」No746並びに当ブログの第三百八十八段「ロシアは天丼がお好き」をご参照頂きたい。
注10.World Nuclear Newsの2011年10月11日「Contract signed for Belarusian reactors」、ITARTASSの2011年11月10日「Belarus, RF to sign top priority contracts on NPP building in Dec 」及び2011年11月25日「Russia to grant up to $10 bln loan to Belarus for NPP project – Putin」を参照のこと。
注11.JBICの「中・東欧7 カ国における原発開発計画とその現状」を参照のこと。


参考資料
・FBC 「東欧経済ニュース」No745 2011年10月12日
・FBC 「東欧経済ニュース」No746 2011年10月19日
・FBC 「東欧経済ニュース」No748 2011年11月2日
・FBC 「東欧経済ニュース」No749 2011年11月9日
・ITARTASS 「Belarus, RF to sign top priority contracts on NPP building in Dec 」 2011年11月10日
・ITARTASS 「Russia to grant up to $10 bln loan to Belarus for NPP project – Putin」 2011年11月25日
・JBIC 「中・東欧7 カ国における原発開発計画とその現状」 2010年11月
・World Nuclear News 「Contract signed for Belarusian reactors」 2011年10月11日
・共同通信 「ロシア・東欧ファイル」 2011年10月6日
・日刊工業新聞社 「原子力年鑑」2011年版 2010年11月

<当ブログ関連段>
・第三百八十八段「ロシアは天丼がお好き」

2011年11月20日日曜日

第四百二十四段 東アフリカ・クエスチョン

今年7月9日に南スーダンが念願の独立を果たして以後、様々な動きがアフリカ東部で相次いでいる。

それらの動きを時系列で並べると以下のようになる。

2011年7月9日 南スーダン独立宣言
2011年7月14日 ケニア、ソマリア難民受入用のキャンプを増設(注1)
2011年8月2日 南スーダンPKOへの参加に韓国政府が積極姿勢を示す(注2)
2011年8月6日 IFC等がケニア-ウガンダ鉄道整備・近代化に対して約1.6億ドルのローン供与を行うことを発表(注3)
2011年10月14日 武装勢力LRA(注4)掃討支援を目的として米軍100名がウガンダ等に展開(注5)
2011年10月16日 ケニア軍がソマリアを拠点に活動する武装勢力アル・シャバブ掃討を目的としてソマリアに侵攻(注6)
2011年10月22日 「フランス海軍機、ソマリア南部キスマユを夜間に空爆」とケニア軍広報官が発表(注7)
2011年10月28日 エチオピア南部アルバミンチ空港がソマリア等に展開する米軍UAVの基地として利用されていることが報じられる(注8)
2011年10月31日 ケニアとソマリア暫定政府、アル・シャバブに対する合同軍事作戦の実施で合意(注9)
2011年11月1日 日本政府、南スーダンPKOに陸自部隊を派遣することを決定(注10)
2011年11月9日 ケニアとエチオピア、両国間幹線道路敷設で合意(注11)
2011年11月10日 スーダン軍機が南スーダン領域を空爆(注12)


上記の時系列表を見ていると、ケニア、エチオピア、ウガンダ、南スーダンの治安安定化やインフラ整備を支援することでその発展を助け、以て、その東隣にある海賊やイスラム過激派の巣窟たるソマリア、そして今なお軍閥が割拠して中央政府が有名無実の存在と化している西隣の資源大国DRコンゴにも安定化の波を波及させようとする米国や欧州諸国の思惑があって、それにケニア、エチオピア、ウガンダ、南スーダンといった諸国が馳せ参じている構図が脳裏に浮かんできてしまうのだが、ここで興味深いのは南スーダンPKOへの参加を決定した日本の動きである。

というのも、欧米の東アフリカ安定化戦略の存在を仮定した上で、そこに日本が一枚噛む合理的な理由がなかなか思いつかないからだ。
米国のように覇権国として国際公共財的な政策を行う必要があるわけでもなく、アフリカ東部地域に対して英仏或いは独伊のような旧植民地宗主国としての歴史的な負い目や現地権益を有するわけでもない日本が、ジブチ等を拠点とした海賊対策に注力するだけで飽き足らず、南スーダンといった内陸に乗り出す背景には何があるのか?

こういうと、「南スーダンには油田があるではないか」という声が聞こえてきそうだが、

1.スーダン自体の原油埋蔵量(南部独立前推計) が5000MMbblと他のアフリカ産油国と比してそれほど大きいわけではないこと(参考例:リビア46420MMbbl ナイジェリア 37200MMbbl アルジェリア12200MMbbl アンゴラ9500MMbbl エジプト4400MMbbl)
2.現状では輸送手段が対立国スーダンを経由して紅海に積み出すパイプラインしかなく、新たに他の輸送経路を設置するとしても相応のコストと時間がかかること
3.そもそも日本の原油輸入量に占めるスーダン (南部独立前)の割合はせいぜい2%前後(注13)でしかないこと

以上の3点を踏まえるならば、「南スーダンの石油権益」なるものは、南北スーダンの対立激化や南スーダン内部での民兵勢力の跋扈が報じられる中でPKOに派遣される陸自隊員の命、そしてそれが失われた場合に発生するであろう政権危機の可能性等と衡量して十分に魅力的な見返りだとはとても言えそうもない(注14)。

果たして日本政府は、南スーダンPKOの見返りとして何を望んでいるのだろうか・・・・?

注釈
注1.BBCの2011年7月14日「Horn of Africa drought: Kenya to open Ifo II camp」参照
注2.東亜日報の2011年8月2日「南スーダンへのPKO派遣、韓国政府が積極的に検討」を参照

注3.ecool.jpの2011年8月6日「IFC、国際金融機関とケニア-ウガンダ鉄道へ1億6400万ドル融資」を参照
注4.正式名称は「Lord's Resistance Army(神の抵抗軍)」。1987年に結成されたウガンダを中心に活動する武装勢力で、「モーゼの十戒」に基づく神政国家樹立を主張している。ウガンダや南スーダン、DRコンゴ、中央アフリカ等で住民虐殺や強姦、誘拐を繰り返し、国際的に非難されている。指導者のジョゼフ・コニー氏に対しては、人道に対する罪で国際刑事裁判所から逮捕状が出ている。
注5.BBCの2011年10月14日「US to send troops to Uganda to help fight LRA rebels」を参照

注6.時事通信の2011年10月16日「ケニア軍がソマリア進攻=イスラム過激派を追撃」等を参照
注7.共同通信の2011年10月25日付「ロシア・東欧ファイル」を参照。なお空爆対象となったキスマユは、武装勢力アル・シャバブの拠点の一つとされている。
注8.Washington Postの2011年10月28日「U.S. drone base in Ethi­o­pia is operationalを参照
注9.Voice of Russiaの2011年10月31日「Somalia, Kenya to jointly tackle Al-Shabaab」を参照
注10.共同通信の2011年11月1日「陸自の南スーダン派遣を決定 年明けの出発目指す」を参照
注11.All Africa.comの2011年11月9日「Ethiopia, Kenya Sign U.S.$743 Million Road Corridor Project」を参照。なお当該幹線道路の敷設コストは約7.4億ドルと見積もられている。

注12.Al Arabiyaの2011年11月10日「Sudan bombs South Sudan camp, kills 12: Officials」を参照
注13.電気事業連合会が2010年1月に発表した「図表で語るエネルギーの基礎2009-2010」によれば、2008年度時点で日本の総原油輸入量に占めるスーダンの割合は2.2%となっている。
注14.なお、過去にDRコンゴやモザンビーク、東ティモールといった国々に対して行った日本のPKOが、その後資源権益獲得に結び付いたという話は寡聞にして聞かない。


参考資料
・Al Arabiya 「Sudan bombs South Sudan camp, kills 12: Officials」 2011年11月10日
・All Africa.com 「Ethiopia, Kenya Sign U.S.$743 Million Road Corridor Project」 2011年11月9日
・BBC 「Horn of Africa drought: Kenya to open Ifo II camp」 2011年7月14日
・BBC 「US to send troops to Uganda to help fight LRA rebels」 2011年10月14日
・BBC 「Kenya sends troops into Somalia to hit al-Shabab」 2011年10月17日
・ecool.jp 「IFC、国際金融機関とケニア-ウガンダ鉄道へ1億6400万ドル融資」 2011年8月6日
・JOGMEC 「南部スーダン独立と石油開発の行方」 2011年3月3日
Voice of Russia 「Somalia, Kenya to jointly tackle Al-Shabaab」 2011年10月31日
Washington Post 「U.S. drone base in Ethi­o­pia is operational 2011年10月28日
・共同通信 「ロシア・東欧ファイル」 2011年10月25日
共同通信 「陸自の南スーダン派遣を決定 年明けの出発目指す」 2011年11月1日
・時事通信 「ケニア軍がソマリア進攻=イスラム過激派を追撃」 2011年10月16日
・電気事業連合会 「図表で語るエネルギーの基礎2009-2010」 2010年1月9日
・東亜日報 「南スーダンへのPKO派遣、韓国政府が積極的に検討 」 2011年8月2日

2011年11月8日火曜日

第四百二十三段 近兵を視て図る勿れ

兵とは詭道なり。故に、能なるもこれに不能を示し、用なるもこれに不用を示し、近くともこれに遠きを示し、利にしてこれを誘い、乱にしてこれを取り、実にしてこれに備え、強にしてこれを避け、怒にしてこれをみだし、卑にしてこれを驕らせ、いつにしてこれを労し、親にしてこれを離す。その無備を攻め、その不意に出づ。これ兵家の勢、先には伝うべからざるなり。
―「孫子」計篇第一―


ここ数日、中東において米国や英国、イスラエルとイランとの間で緊張が高まっている。大まかな構図としては従来より度々見られてきた、IAEAがイランの軍事目的核開発に言及→イスラエルがイランの核開発を非難→イラン反発→イスラエル以外に米英もイラン攻撃を企図しているという報道が流れる、というものなのだが、これにイスラエルが弾道ミサイル発射実験を行ったこと(注1)、そしてNATO(実質的には米英仏が中核)による対リビア軍事作戦が完了したこと(注2)、イランやイスラエルの首脳・高官が事態打開に軍事力行使も辞さない姿勢を示していること等がイスラエル若しくは米英とイランと軍事衝突発生に不気味な信憑性を与えている。

しかし、個人的にはイスラエル若しくは米英がイランに対して核開発能力の破壊を目的とした外科手術的攻撃を行う可能性はかなり低いと考えている。
何故かというと、まずイスラエルや米英の立場になって考えてみると、イランという国の広さとそこに核開発関連施設が分散して配置されていること(注3)、そしてイランの通常戦力は無論、ミサイル若しくはヒズボラやハマスといった武装勢力を通じたイスラエルや中東駐留の米英軍に対する反撃能力を考慮した上でイラン攻撃作戦を立案するならば、各核関連施設や指揮命令中枢に対する奇襲的な同時先制攻撃策を採らざるを得ないだろう。
逆にイランの立場になって考えてみれば、米英の軍事的反撃能力は勿論のこと、イスラエルの軍事力もまた決して侮れるものではないし、何よりイスラエルには核兵器が存在している可能性が極めて高い。従って、もしイランが本気でイスラエルや中東に駐留する米英軍に軍事的行動をとろうとするなら、これも又奇襲的な先制攻撃で相手が反撃に移る前にその指揮命令系統を叩き潰す方法による他ない。
つまり、対立する両陣営とも相手に軍事力を行使するなら奇襲によるしかない状態だというのが、イランとその対立者の関係なのである。
では果たして、奇襲というのは、報道が両陣営間の対立・緊張激化をセンセーショナルに伝え、関係諸国首脳が軍事力行使の可能性をちらつかせ、それらを受けて両国軍・情報機関が従前より強い警戒の眼差しを相互に向け合っているであろう時期に行われるものだろうか?
以上が、個人的に今回のイスラエル-イラン関係緊迫化が軍事力行使に結びつく可能性は低いと考えている理由である。

それより気になるのが、イスラエル-イラン関係緊迫化が俄に浮上してきたタイミングである。
ここで思い出すのが、当該ブログの四百十四段「イランの冒険を可能たらしめているもの」にて記したことである。要するにそこでは「イランが北のロシア等旧ソ連諸国、東のアフガン・パキスタン、西のトルコ・イラクとの関係を改善・強化しており、南のペルシャ湾岸や更に遠くの紅海地域で影響力を拡大するには絶好の機会にある」旨を記した。
そしてイランの勢力拡大を警戒する湾岸諸国の中核たるサウジ・アラビアでは、10月にスルタン皇太子が没し(注4)、加えて世界中のイスラム教徒が聖地メッカを目指す巡礼月が10月29日から始まっている(言うまでもないが、巡礼に訪れたイスラム教徒全てがサウジ・アラビアの政治体制や米国との協調外交に理解を示してるわけではない(注5))。
つまり10月時点のペルシャ湾岸を見れば、北には三方を固めて残る一方たるペルシャ湾岸に全力を注ぎこめるイランがあり、南には内治で手一杯になったサウジがあった。この時、ペルシャ湾岸のパワーバランスは恐らくイラン有利に傾いていた筈である。
そこに降って湧いたイスラエルとイランとの緊張激化。これによってイランはその情報機関や軍、革命防衛隊等のリソースを対ペルシャ湾岸から、対イスラエルにより多く振り分けなければならない状態になったと推測される。

このタイミングの良さは偶然なのか否か? もしそうでないとしたなら、イスラエル-イラン関係緊迫化は紆余曲折はあるにせよ、最終的に巡礼月が終わる11月26日を目途として収束するのではないだろうか。

注釈
注1.Hurriyet Daily News の2011年11月2日「Israel test fires missile that can hit Iran」参照のこと
注2.TODAYS ZAMAN の2011年10月31日「NATO ending 7-month campaign in Libya」参照のこと
注3.なお、現在明らかとなっているイラン国内の核関連施設については、以前著者が各報道等に基づいて作成した以下の地図の他、NTIが作成した地図がその位置把握に便利である。

注4.Gulf Newsの2011年10月22日「Prince Nayef likely heir apparent after death of Saudi Crown Prince Sultan」等参照のこと。なお2011年1028日にナイーフ王子が新たな皇太子に任命されたことが報じられている。
注5.クウェート英字紙Arab Timesは2011年10月29日「‘Iran plans terrorist attacks during Hajj’」という記事で、「イラン革命防衛隊が巡礼者に紛れてテロリストを潜入させようと計画している」と警戒を強めているサウジ当局の姿を奉じている。実際、1979年にはサウジ王制に批判的な武装集団によって「アル・ハラム・モスク占拠事件」が引き起こされている(ただし、当該武装集団に対し当時のイラン政府が武器供与等の直接的な支援を行っていた証拠は発見されていない)

参考資料
・Ahram 「Poll shows strong Israeli support for Iran attack」 2011年11月3日
Arab Times 「‘Iran plans terrorist attacks during Hajj’」 2011年10月29日
Gulf News 「Prince Nayef likely heir apparent after death of Saudi Crown Prince Sultan」 2011年10月22日
・Gulf News 「Nayef named Saudi Arabia's crown prince」 2011年10月28日
・HAARETZ 「Israel and Iran are fighting a war of nerves」 2011年11月3日
・Hurriyet Daily News 「Israel test fires missile that can hit Iran」 2011年11月2日
・Nuclear Threat Initiative 「Intaractiv Map」
・TODAYS ZAMAN 「NATO ending 7-month campaign in Libya」 2011年10月31日
・佐々木良昭 「中東TODAY NO・2128 イスラエルによるイラン攻撃は起こるのか」 2011年11月7日
・野口哲也 「中東の窓 イスラエルのイラン攻撃(米軍の懸念)」 2011年11月6日
・野口哲也 「中東の窓 イスラエルのイラン攻撃」 2011年11月3日

<当ブログ関連段>
・第四百十四段「イランの冒険を可能たらしめているもの」

2011年11月1日火曜日

第四百二十二段 トルコ地震とアルメニア原発とイラン政府

中東の北端、トルコとイランの国境地帯のその又上にアルメニアという国がある。隣接するアゼルバイジャンとは対照的にエネルギー資源には恵まれず、故に貧しく、更にそのアゼルバイジャン、或いはトルコとは歴史的な因縁や領土を巡る軋轢等で伝統的に仲が悪いという多重苦を抱える国である。

そんなアルメニアにあるメツァモール原発(1号機と2号機からなる)は、エネルギー資源に恵まれず、隣国との仲もよろしくない同国にとって極めて重要な電力供給源となっているのだが、一方で施設自体の老朽化(1号機は1977年、2号機は80年にそれぞれ稼働開始)、そしてアルメニアという国自体がアルプス-ヒマラヤ造山帯の上に位置する地震国ということもあって、当該原発の安全性についてはこれまで度々疑問が投げかけられてきた(そして都度アルメニアはそれを突っぱねてきた)(注1)

そんなアルメニア・メツァモール原発に対して最近発生したトルコ東部地震が与えた影響を巡る報道が面白いことになっているのだ。

まずアゼルバイジャンの大手通信社News.Az、イランの国営放送IRIB、日本の共同通信がそれぞれ当該原発に関して報じたことを時系列にまとめると次のようになる(なおIRIBの報道は全てトルコのメディアからの引用という形で行われている)。

2011年9月11日 メンテナンスのためにメツァモール原発稼働停止(注2)
2011年10月23日 トルコ東部にてマグニチュード7.2と見られる地震発生
2011年10月24日 トルコ・メディアが「東部地震の影響で「メツァモール原発放射能漏れ事故発生」と報じる
2011年10月24日 アルメニア当局、トルコ・メディアの「メツァモール原発放射能漏れ事故発生」報道を否定すると共に、当該報道について「アルメニアの原発新造を妨害しようとする政治的意図があるもの」として非難(注3)
2011年10月25日 IRIB日本語版がトルコ・メディアの報道を引用して「メツァモール原発放射能漏れ事故発生」と報じる(注4)
2011年10月28日 トルコのトルコのユルドゥズ・エネルギー天然資源大臣がIAEAにメツァモール原発を含む世界中の老朽化原発の閉鎖を要求する意向を表明(注5)
2011年10月29日 メンテナンス完了につきメツァモール原発稼働再開(注2)
2011年10月30日 IRIB日本語版がトルコ・メディアの報道を引用して「トルコのユルドゥズ・エネルギー天然資源大臣がIAEAにメツァモール原発閉鎖を要求」と発表(注6)

要するに、トルコ・メディアが従来より安全性について懸念の声のあったアルメニア・メツァモール原発について「地震の影響で放射能漏れ事故発生」と報じ、アルメニア当局はそれを否定、だがイランの国営放送たるIRIBはアルメニア当局の主張を無視してトルコ・メディアの見解・情報のみを取り上げているというわけだ。

ここで注目したいのが、イランの国営放送たるIRIBのスタンスである。

というのも冒頭で述べたようにアルメニアは伝統的にトルコやアゼルバイジャンといった近隣諸国と仲がよろしくない。しかもそのトルコとアゼルバイジャンは民族的な共通性に加え、カスピ海の資源権益やロシアの影響力に対する懸念・警戒感の共有といった戦略上の利害も一致することから極めて強固な外交関係を構築している(因みに、トルコとアゼルバイジャンは、グルジアとも対露関係やカスピ海資源権益に係る利害が多く共通していることから関係が良好である)。これに対抗するためアルメニアが今まで手を結んできた国がロシアであり、イランであった。

ごく大まかな形で言えば、以下の地図のように中東北辺から南コーカサスにかけての一帯は、トルコ-アゼルバイジャン-グルジアの枢軸とアルメニア-イラン-ロシアの枢軸が対峙する形勢がソ連崩壊後長く続いてきたのだ(注7)。


ところがである。繰り返しになってしまうが、今回のメツァモール原発報道に関しては、アルメニアの友好国であった筈のイランのその国営放送IRIBはトルコ・メディアの報道のみを取り上げ、アルメニア当局の声を完全に無視しているのである。

このIRIBのスタンスは何を意味するのか?

ひょっとするとこれは、イランの外交的重心が従来の盟友であったアルメニアから新たな協力相手であるトルコに完全に移ったことを示すものであり、今後、これによって孤立感を深めたアルメニアは更にロシア依存を深めてその象徴たる露支援下での原発新設に邁進し、そしてロシアとアルメニアが協力関係強化を進める中で両国に挟みこまれる位置にあるグルジアが苛立ちを強めていくのではないか・・・・と推論を進めていくのは、あまりに思考を飛躍させ過ぎだろうか?

注釈
注1.アルメニア・メツァモール原発についてはコーカサスを中心とした旧ソ連地域研究を専門とする廣瀬陽子氏の「世界でもっとも危険な原発、アルメニア原発」並びに(財)高度情報科学技術研究機構が運営する「原子力百科事典 ATOMICA」が詳しい。
注2.メツァモール原発のメンテナンスによる一時稼働停止稼働再開についてはとアゼルバイジャンの大手通信社News.Azの2011年10月29日「Armenian NPP resumes its work」参照。
注3.共同通信の2011年10月27日付「ロシア・東欧ファイル」参照。
注4.IRIB2011年10月25日「トルコ地震で、隣国アルメニアの原発に被害」参照。なおIRIBは当該情報について2011年10月24日付「ザマン」紙の報道に基づく旨を記しているが、少なくとも同紙のサイトにて「Armenia」「nuclear」といった当該情報に関連すると思われる語句を著者が入力・検索した限りでは、該当する記事を見つけることができなかった
注5.News.Azの2011年10月28日「Turkey plans to take action against Armenian plant」参照
注6.IRIB2011年10月30日「トルコ、アルメニアの被害を受けた原発の閉鎖を要請」参照。なおIRIBは当該報道についてトルコ紙メッリエトによるものと記載している。またほぼ同内容の報道が、注5で見たように既にNews.Azによって報じられている。

注7.もっとも、各国別に見ていくとトルコ-ロシア、トルコ-イラン、アゼルバイジャン-イランのように二国間関係の改善が進んでいるケースもあり、トルコ-アゼルバイジャン-グルジア枢軸とアルメニア-イラン-ロシア枢軸の対峙をかつての東西冷戦や同盟対協商のような非妥協的かつ硬直的な対立関係としては捉えない方が無難であろう。

参考資料
・IRIB 「トルコ地震で、隣国アルメニアの原発に被害」 2011年10月25日
・IRIB 「トルコ、アルメニアの被害を受けた原発の閉鎖を要請」 2011年10月30日
・News.Az 「Turkey plans to take action against Armenian plant」 2011年10月28日
・News.Az 「Armenian NPP resumes its work」 2011年10月29日
・共同通信 「ロシア・東欧ファイル」 2011年10月27日
・廣瀬陽子 「世界でもっとも危険な原発、アルメニア原発」 2011年5月13日 SYNODOS JOURNAL
・高度情報科学技術研究機構 「原子力百科事典 ATOMICA」 2011年8月31日(現時点での最終更新日)