2011年11月1日火曜日

第四百二十二段 トルコ地震とアルメニア原発とイラン政府

中東の北端、トルコとイランの国境地帯のその又上にアルメニアという国がある。隣接するアゼルバイジャンとは対照的にエネルギー資源には恵まれず、故に貧しく、更にそのアゼルバイジャン、或いはトルコとは歴史的な因縁や領土を巡る軋轢等で伝統的に仲が悪いという多重苦を抱える国である。

そんなアルメニアにあるメツァモール原発(1号機と2号機からなる)は、エネルギー資源に恵まれず、隣国との仲もよろしくない同国にとって極めて重要な電力供給源となっているのだが、一方で施設自体の老朽化(1号機は1977年、2号機は80年にそれぞれ稼働開始)、そしてアルメニアという国自体がアルプス-ヒマラヤ造山帯の上に位置する地震国ということもあって、当該原発の安全性についてはこれまで度々疑問が投げかけられてきた(そして都度アルメニアはそれを突っぱねてきた)(注1)

そんなアルメニア・メツァモール原発に対して最近発生したトルコ東部地震が与えた影響を巡る報道が面白いことになっているのだ。

まずアゼルバイジャンの大手通信社News.Az、イランの国営放送IRIB、日本の共同通信がそれぞれ当該原発に関して報じたことを時系列にまとめると次のようになる(なおIRIBの報道は全てトルコのメディアからの引用という形で行われている)。

2011年9月11日 メンテナンスのためにメツァモール原発稼働停止(注2)
2011年10月23日 トルコ東部にてマグニチュード7.2と見られる地震発生
2011年10月24日 トルコ・メディアが「東部地震の影響で「メツァモール原発放射能漏れ事故発生」と報じる
2011年10月24日 アルメニア当局、トルコ・メディアの「メツァモール原発放射能漏れ事故発生」報道を否定すると共に、当該報道について「アルメニアの原発新造を妨害しようとする政治的意図があるもの」として非難(注3)
2011年10月25日 IRIB日本語版がトルコ・メディアの報道を引用して「メツァモール原発放射能漏れ事故発生」と報じる(注4)
2011年10月28日 トルコのトルコのユルドゥズ・エネルギー天然資源大臣がIAEAにメツァモール原発を含む世界中の老朽化原発の閉鎖を要求する意向を表明(注5)
2011年10月29日 メンテナンス完了につきメツァモール原発稼働再開(注2)
2011年10月30日 IRIB日本語版がトルコ・メディアの報道を引用して「トルコのユルドゥズ・エネルギー天然資源大臣がIAEAにメツァモール原発閉鎖を要求」と発表(注6)

要するに、トルコ・メディアが従来より安全性について懸念の声のあったアルメニア・メツァモール原発について「地震の影響で放射能漏れ事故発生」と報じ、アルメニア当局はそれを否定、だがイランの国営放送たるIRIBはアルメニア当局の主張を無視してトルコ・メディアの見解・情報のみを取り上げているというわけだ。

ここで注目したいのが、イランの国営放送たるIRIBのスタンスである。

というのも冒頭で述べたようにアルメニアは伝統的にトルコやアゼルバイジャンといった近隣諸国と仲がよろしくない。しかもそのトルコとアゼルバイジャンは民族的な共通性に加え、カスピ海の資源権益やロシアの影響力に対する懸念・警戒感の共有といった戦略上の利害も一致することから極めて強固な外交関係を構築している(因みに、トルコとアゼルバイジャンは、グルジアとも対露関係やカスピ海資源権益に係る利害が多く共通していることから関係が良好である)。これに対抗するためアルメニアが今まで手を結んできた国がロシアであり、イランであった。

ごく大まかな形で言えば、以下の地図のように中東北辺から南コーカサスにかけての一帯は、トルコ-アゼルバイジャン-グルジアの枢軸とアルメニア-イラン-ロシアの枢軸が対峙する形勢がソ連崩壊後長く続いてきたのだ(注7)。


ところがである。繰り返しになってしまうが、今回のメツァモール原発報道に関しては、アルメニアの友好国であった筈のイランのその国営放送IRIBはトルコ・メディアの報道のみを取り上げ、アルメニア当局の声を完全に無視しているのである。

このIRIBのスタンスは何を意味するのか?

ひょっとするとこれは、イランの外交的重心が従来の盟友であったアルメニアから新たな協力相手であるトルコに完全に移ったことを示すものであり、今後、これによって孤立感を深めたアルメニアは更にロシア依存を深めてその象徴たる露支援下での原発新設に邁進し、そしてロシアとアルメニアが協力関係強化を進める中で両国に挟みこまれる位置にあるグルジアが苛立ちを強めていくのではないか・・・・と推論を進めていくのは、あまりに思考を飛躍させ過ぎだろうか?

注釈
注1.アルメニア・メツァモール原発についてはコーカサスを中心とした旧ソ連地域研究を専門とする廣瀬陽子氏の「世界でもっとも危険な原発、アルメニア原発」並びに(財)高度情報科学技術研究機構が運営する「原子力百科事典 ATOMICA」が詳しい。
注2.メツァモール原発のメンテナンスによる一時稼働停止稼働再開についてはとアゼルバイジャンの大手通信社News.Azの2011年10月29日「Armenian NPP resumes its work」参照。
注3.共同通信の2011年10月27日付「ロシア・東欧ファイル」参照。
注4.IRIB2011年10月25日「トルコ地震で、隣国アルメニアの原発に被害」参照。なおIRIBは当該情報について2011年10月24日付「ザマン」紙の報道に基づく旨を記しているが、少なくとも同紙のサイトにて「Armenia」「nuclear」といった当該情報に関連すると思われる語句を著者が入力・検索した限りでは、該当する記事を見つけることができなかった
注5.News.Azの2011年10月28日「Turkey plans to take action against Armenian plant」参照
注6.IRIB2011年10月30日「トルコ、アルメニアの被害を受けた原発の閉鎖を要請」参照。なおIRIBは当該報道についてトルコ紙メッリエトによるものと記載している。またほぼ同内容の報道が、注5で見たように既にNews.Azによって報じられている。

注7.もっとも、各国別に見ていくとトルコ-ロシア、トルコ-イラン、アゼルバイジャン-イランのように二国間関係の改善が進んでいるケースもあり、トルコ-アゼルバイジャン-グルジア枢軸とアルメニア-イラン-ロシア枢軸の対峙をかつての東西冷戦や同盟対協商のような非妥協的かつ硬直的な対立関係としては捉えない方が無難であろう。

参考資料
・IRIB 「トルコ地震で、隣国アルメニアの原発に被害」 2011年10月25日
・IRIB 「トルコ、アルメニアの被害を受けた原発の閉鎖を要請」 2011年10月30日
・News.Az 「Turkey plans to take action against Armenian plant」 2011年10月28日
・News.Az 「Armenian NPP resumes its work」 2011年10月29日
・共同通信 「ロシア・東欧ファイル」 2011年10月27日
・廣瀬陽子 「世界でもっとも危険な原発、アルメニア原発」 2011年5月13日 SYNODOS JOURNAL
・高度情報科学技術研究機構 「原子力百科事典 ATOMICA」 2011年8月31日(現時点での最終更新日)