2011年12月28日水曜日

第四百二十八段 カール・ヴィンソン香港入港のこと

去る2011年12月19日、北朝鮮の最高指導者として君臨してきた金正日総書記の死亡(注1)とその三男たる金正恩氏が後継となったことが報じられた。そして北朝鮮権力事情の不透明さと未だ30歳にも満たない金正恩氏の政治手腕への不安から、韓国や中国、日本といった近隣諸国は、北朝鮮の暴発や急激な崩壊に備えて軍の警戒態勢を強めている(注2)(注3)。

そんな朝鮮半島緊迫化の中、12月27日、米空母カール・ヴィンソンが香港入りした(注4)。これによってマラッカ以東ハワイ以西の海域に展開する米空母は、横須賀のジョージ・ワシントンと香港のカール・ヴィンソンの2隻となった。

個人的にこのカール・ヴィンソンの香港入港は、少なくとも結果的に、朝鮮半島情勢を睨んで実に上手い一手となったのではないかと考えている。
というのも、もし仮にカール・ヴィンソンの寄港地が他の港湾だった場合を考えると、例えば佐世保や釜山であった場合には、最高指導者の死に揺れる北朝鮮にあまりに近過ぎ、新体制移行を巡ってナーバスになっているであろう北朝鮮指導部や軍部に対して過度の「力の誇示」となって無用の刺激を与えかねない問題がある。
他方、もう少し南のマニラに寄港した場合、フィリピンと中国とが南沙諸島問題で対立を深めていることを考えるならば、フィリピン政府は「米比協調の象徴」と捉えて喜ぶであろうものの、米国の意図について中国政府に対し無用の疑念を生じさせかねない。これは朝鮮半島安定化について米国が中国の協力を必要としている状況下では決して望ましいことではないと考えられる。

これら諸港に比して、香港(言うまでもなく中国の支配下にある港湾都市)にカール・ヴィンソンが寄港したことは、朝鮮半島情勢において最も影響力の大きい関係国たる中国政府と米国との関係が少なくとも現時点では安定していることを示すメッセージとなるし、距離的にも仮に北朝鮮で一朝事あった場合に拱手傍観することなく速やかな介入を図れる位置につけたことを意味する(注5)。

以上が、朝鮮半島情勢を睨んでカール・ヴィンソンの香港入港が少なくとも結果的には上手い一手となったと考える理由である(注6)。

注釈
注1.聯合ニュースの2011年12月19日「北朝鮮 金正日総書記死去」参照のこと。なお当該記事によれば、実際に金正日総書記が死亡したのは2011年12月17日のことだという。
注2.聯合ニュースの2011年12月19日「<金総書記死去>韓国軍 非常警戒態勢に突入 」は、同日付で韓国軍が非常警戒態勢に入ったことを伝えている。
注3.朝雲新聞サイトは、2011年12月22日「北朝鮮 金正日総書記が死亡 自衛隊 警戒監視態勢を強化」において、自衛隊が対北朝鮮監視体制を強めていること、そして中国軍が北朝鮮との国境地帯における警備を強化していることを伝えている。
注4.空母カール・ヴィンソンは、整備・補修のため、2011年6月15日来母港サンディエゴに入港していたが、西太平洋地域でのパトロール任務に従事するために2011年11月30日に同港を出港していた。
注5.香港からバシー海峡、宮古島-沖縄本島間を抜けて38度線近隣海域に至るルートの距離が大体3000kmであること、そしてカール・ヴィンソンの速力が30ノット(時速56km相当)以上であることから、仮に香港寄港中の同空母が件のルートを最低速度で動いたとしても、大体2日ちょっとで38度線近隣海域に到達する計算となる。

注6.カール・ヴィンソンの香港寄港と金正日総書記の死亡による北朝鮮の変動期入りが重なったのは偶然であろう

参考資料
・USS Carl Vinson 「In port Hong Kong: 27 December 2011」 2011年12月27日
・朝雲新聞 「北朝鮮 金正日総書記が死亡 自衛隊 警戒監視態勢を強化」 2011年12月22日
・聯合ニュース 「北朝鮮 金正日総書記死去」 2011年12月19日
・聯合ニュース 「<金総書記死去>韓国軍 非常警戒態勢に突入」 2011年12月19日