2012年1月18日水曜日

第四百三十八段 イラクを巡るアナトリアとイラン高原の因縁

昨年12月18日を以て2003年のイラク戦争以来、8年もの間イラクの地に駐屯してきた米軍が完全に撤退した。かといってそれがそのまま同国の平和に繋がるわけでもなく、死者が二桁に及ぶテロ事件の続発が、今後のイラクの先行きに不気味な影を落としている。

現在のイラクの不安定さは、主に中部南部に住むアラブ人と北部に住むクルド人、アラブ人分布地域の中でもバグダッドを中心とした中部のイスラム教スンニー派地域とバスラを中心とした南部のシーア派地域といった具合に地域、宗教、民族を中心として幾重にも走る断層線に起因している(注1)。

このイラク国内における断層線は、100年やそこらで俄に形成されたものではない。大体13世紀後半から始まる、黒羊朝、白羊朝、オスマン朝といったアナトリアを押さえる勢力(大まかに言って宗派としてはスンニー派)とティムール朝やサファヴィー朝、アフシャール朝というイラン高原を根拠地とする勢力(大まかに言って宗派的にはシーア派)の熾烈な領土争いとその結果を受けて形成されてきたものなのだ。
そこに、20世紀、アナトリア、イラン高原両勢力弱体化によって生じた間隙を衝いてペルシャ湾からイギリスが乱入し、強引にスレイマーニヤやモスルを中心としたクルド人地域、バグダッドを中心としたスンニー派アラブ人地域、バスラを中心としたシーア派アラブ人地域を単一の領域に押し込め、アラブの名門ハーシム家(注2)を国王家とするイラク国家を成立させたのである。爾来、クルド人地域、スンニー派アラブ人地域、シーア派アラブ人地域は同じイラク国家という枠組みの中でハーシム王制の開始とその崩壊、バース党政権の登場からサダム・フセイン独裁政権確立、そして2003年の米英軍によるサダム・フセイン政権打倒という歴史の荒波に揉まれて今日に至るのである(注3)

そんな経歴を歩んできたイラクにおいて、現職の首相が以下のような発言を行ったことは注目に値しよう。
Iraqi Prime Minister Nouri al-Maliki has harshly criticized Turkey for its what he said “surprise interference” in his country’s internal affair, claiming that Turkey’s role could bring disaster and civil war to the region something Turkey will itself suffer.

"We... did not expect the way they (Turkey) interfere in Iraq," Maliki said in an interview with the Al-Hurra TV station on Friday, AFP news agency reported on Friday.

He said “we recently noticed their surprise interventions with statements, as if Iraq is controlled or run by them," adding that Turkey’s latest statements interfered in domestic Iraqi affairs.

“And we do not allow that absolutely,” Maliki underlined.

Maliki’s remarks came two days after he was warned by Turkish Prime Minister Recep Tayyip Erdo an that his actions are taking Iraq back from democracy and urged him to take steps that would reduce tensions in the war-torn country following a series of bombings in the capital of Baghdad after Maliki issued an arrest warrant for his Sunni Vice President Tariq Hashemi last month.

Many attacks in recent days in Iraq have targeted the country's Shiite majority, increasing fears of a serious outbreak of sectarian violence following the withdrawal of US troops last month.

Large-scale sectarian fighting pushed the country to the brink of civil war in 2006-2007. Well-armed Sunni insurgents and Shiite militias continue to operate in the country.

The increase in violence comes as Iraq's leaders remain locked in a political crisis that is stoking tensions between the Shiite majority now in power and the country's Sunnis, who benefited most from ousted dictator Saddam Hussein's rule.

The leaders of Iraq's rival sects have been locked in a standoff since last month, when the Shiite-dominated government called for Hashemi's arrest on terrorism charges, just as the last American troops were completing their withdrawal from the country. Hashemi, Iraq's highest-ranking Sunni politician, remains holed up in the semiautonomous Kurdish region in the north, out of reach of state security forces.

“If it is acceptable to talk about our judicial authority, then we can talk about theirs, and if they talk about our disputes, we can talk about theirs," Maliki said in the interview, claiming that Turkey is playing a role that might bring disaster and civil war to the region, and that Turkey itself will suffer because it has different sects and ethnicities.

During his phone conversation with US President Barack Obama on Friday, Erdo an also talked about the latest situation in Iraq, where two leaders agreed that a broad-based and inclusive government is necessary for stability in the country.

Today's Zaman(2012年1月14日より)


要するに、マリキ・イラク首相が、イラク北部を含んだクルド人地域で軍事活動を活発化させているトルコに対し、「我が国(イラク)に対して干渉を行っているが、我々はこれを容認しない。また、こうしたトルコの動きは内戦をもたらしかねないものだ」という旨の非難を加えたのである。歴史的にイラン高原と関係の深いシーア派アラブ出身であるマリキ首相がアナトリアを支配するトルコのイラクにおける影響力拡大の動きを非難するという今回の構図を見る時、自然と意識が13世紀後半以来繰り返されてきたイラクを巡るアナトリアとイラン高原の因縁に向いてしまうのは致し方ないことであろう。

無論、現状ではトルコとイランは歴史的にも珍しい良好な関係下にある。だが、件のマリキ首相発言は、「イラクの支配権を巡る争い」というトルコ-イラン両国間に横たわる歴史的地雷が今も決して解除されてはいないことを示しているのではないか。
そして今後もし仮に、イラクを巡ってトルコとイランの歴史的地雷が炸裂するような事態が発生した場合、かつてイルハン朝がマムルーク朝と対峙し、サファビー朝がオスマン朝と争いを繰り広げていた頃のように、イラン高原勢力がシリアやアナトリアと言った西隣の敵を牽制するため、その更に西にあるレバントの十字軍国家や西欧諸国と誼を通じていた時代が再来するのかもしれない。

注釈
注1.なお民族ではアラブ人とクルド人、宗教ではイスラム教のスンニー派とシーア派に注目が集まりがちなイラクだが、他にもトルクメン人やアッシリア人といった少数民族がおり、宗教面でもアッシリア東方正教会(所謂「ネストリウス派」)やローマ・カトリックに帰属するカルディア教会等のキリスト教諸派やヤズィーディーといった少数勢力が存在する。
注2.元々ハーシム家はイスラム教預言者ムハンマドの血脈に繋がる由緒の正しさでは折り紙つきの一族であり、10世紀以来、アラビア半島にて聖地たるメッカやメディナが属するヒジャーズ地方の太守を務めてきた。第一次大戦の勃発とその敗戦によってオスマン帝国が力を失うと、1917年、英国の後援を受けて独立を宣言するが、8年後にはリヤドを中心に急速に勢力を伸ばしたイブン・サウードによって支配地を奪われてしまう。その後、英国は流浪の身と化したハーシム家にトランス・ヨルダン地域とイラクをそれぞれ与え、新英政権の運営にあたらせた。このうち、イラクのハーシム政権は1958年のクーデターで崩壊してしまうが、トランス・ヨルダンのハーシム家はヨルダン王国王家として今も健在である。また、ハーシム家をヒジャーズ地方から追放したイブン・サウードが建立した国こそ、現在のサウジアラビアである。
注3.本文の記述のように、クルド人地域やスンニー派アラブ人地域、シーア派アラブ人地域を包摂したイラク国家という枠組みは20世紀にイギリスが作り出したものである。そして後年、サダム・フセイン政権が「イラク国家の統一」を守るためであればシーア派アラブ人への弾圧やクルド人への化学兵器使用も躊躇わなかったことを考えると、当該政権は一面ではイギリスが残した枠組みの最も熱心かつ容赦のない後継者・信奉者であったと言えるかもしれない。それが2003年に当のイギリス及びその同盟国たる米国の軍事力によって葬り去られ、結果、今まで当該政権によって強権的に押さえ込まれていたイラク国内の断層線が活発化して米英にも牙を剥いたことは、極めて皮肉な事態であろう。


参考資料
・BBC 「Turkey and Iran 'collaborating against Kurdish rebels'」 2011年10月21日
・BBC 「Last US troops withdraw from Iraq」 2011年12月18日
・BBC 「Dozens killed in co-ordinated Baghdad attacks」 2011年12月22日
・BBC 「Iraq suicide bomb kills 50 in Basra pilgrims attack」 2012年1月14日
・Today's Zaman 「Iraq’s Maliki slams Turkey, claims it can bring civil war to region」 2012年1月14日
・フランシス・ロビンソン 「ムガル皇帝歴代誌」 2009年5月 創元社 小名康之監修
・永田雄三 羽田正 「世界の歴史15 成熟のイスラーム」 1998年1月 中央公論新社
・菅瀬晶子 「イスラームを知る6 新月の夜も十字架は輝く―中東のキリスト教徒」 2010年6月 山川出版社
・中嶋猪久生 「イラン原油代金決済をめぐりバトルは続く」 2011年1月14日 JIME「中東動向分析」Vol.10 No.6所収
・那谷敏郎 「三日月(クレセント)の世紀―「大航海時代」のトルコ、イラン、インド 」 1990年5月 新潮社