2012年1月20日金曜日

第四百三十九段 カタールとイスラエルとの微妙な重なり

21世紀初頭において中東は大きく動いている。例えば2003年のイラク戦争によるサダム・フセイン政権の崩壊、湾岸地域のみならずイラクやパレスチナ問題でも存在感を強めるイラン、長年友好関係にあったイスラエルとトルコとの関係冷却化、そして何より2010年末のチュニジア・ジャスミン革命に端を発する「アラブの春」によって等のチュニジアは勿論、エジプトやリビア、イエメンでも既存体制が倒壊し、シリアではアサド(息子)政権が非常な苦境に立たされていることは日々の報道でも報じられている通りである。

そんな激動の中東とその隣接地域において、イスラエルとカタールが微妙な重なり具合を見せている。

ギリシャ
全世界を揺るがす債務危機の発火点となったギリシャだが、カタールは債務危機が取り沙汰される中でも、SWF等を通じてLNGターミナル建設や金鉱山権益の獲得、ギリシャ大手銀の合併支援と積極的な投資姿勢を示している(注1)。
一方のイスラエルは、ギリシャとの安全保障面での関係強化を進め、両国軍による合同演習やイスラエル国防相による初のギリシャ訪問が行われている(注2)。また、イスラエルはギリシャ系住民を主体とするキプロスとも安保面は勿論、海底ガス田開発等でも協力を進めており、これも注目に値しよう(注3)。

リビア

西隣のチュニジア及び東隣のエジプトにおける反体制運動が波及する形で、長年カダフィ大佐の独裁下にあったリビアでも、2011年2月に反カダフィ派の蜂起が開始された。カダフィ政権は蜂起に対して強硬な攻撃策を採用し、同年3月中頃には反カダフィ派の最大拠点たる東部都市ベンガジを陥落間際まで追い詰めることに成功する。これを受けて英仏が音頭を取る形でNATO軍のリビア介入(カダフィ政権攻撃)が決定・実施されることになるのだが、カタールは当初から対カダフィ政権強硬派の英仏に同調し、軍事介入においても空軍や特殊部隊を派遣した(注4)。そして、英仏を中心とするNATO軍とカタール等協力国による空爆によってカダフィ政権軍の消耗が加速され、遂に8月下旬になって首都トリポリが反カダフィ軍によって制圧されることとなり、更に2カ月後には首都を脱出していたカダフィ大佐の身柄拘束及び殺害によってリビア全土は反カダフィ勢力の支配下にはいることとなったのである。
イスラエルとリビアとの関係を見ると、カダフィ政権はイスラエルに対して長く敵対的な姿勢を採り、PLOやアブ・ニダル・グループに武器・資金援助や訓練地を提供してきた。対照的にリビアの新たな支配者となった反カダフィ派は、イスラエルとの関係改善についても前向きな姿勢を示している(注5)。

シリア

前述のように「アラブの春」の波及によって苦境に立たされているシリア・アサド(息子)政権だが、カタールは早い段階からアサド政権の反体制派弾圧に批判的な立場を示し、ハマド首長の口からはシリアに対する「アラブ諸国軍の介入による事態鎮静化」を訴える発言も飛び出している(注6)。現時点では他にハマド首長発言を積極的に支持する国は出ていないようだが、かつてバーレーン政府の反体制派デモ押さえ込みにカタールを含むGCC諸国が軍や警察の部隊を派遣して協力したこと、そしてカタールは英仏に呼応してリビア・カダフィ軍への空爆に兵力を派遣した実績を有することを考えると、ハマド首長発言には「単なる苛立ち」や「ブラフ」の一言で済ますことのできない重みがあると思われる。
なお、イスラエルとシリアとの対立関係は周知の通りで、2000年にアサド(父)前大統領が死去して現大統領政権が発足した当初は「両国関係打開」に一時的な期待も集まったが、結局、さしたる変化もないまま2011年1月のシリア動乱勃発に至っている。

以上、ギリシャ、リビア、シリアを舞台としたカタールイスラエルの微妙な重なり、たまたまと言えばそうなのかもしれないが、それが今後の中東情勢にもたらし得る結果を考えると実に興味深いものがある。

何故なら、第一に、今後もし仮にカタールがその成立の一翼を担ったリビア新体制が親イスラエル的な外交スタンスを確立し、シリアではカタールが批判的立場をとってきたアサド(息子)政権が崩壊して新体制が成立した場合、イスラエルに強硬な立場をとるイスラム主義者が政権を担うであろうエジプトは背後に親イスラエル的なリビアを抱え、イスラエルは新体制成立の渦中にあって外事に関わる余裕をなくした(ひょっとしたならアサド親子政権よりイスラエルに抑制的な態度をとるかもしれない)シリアを背後に擁するという形勢の出現が予測される。
そして第二に、ギリシャやギリシャ系住民が多数を占めるキプロスがカタール又はイスラエルとの協力関係を梃子、きっかけとして経済的にも軍事的にも安定・強化されることになれば、それは、最近、イスラエルから距離をとり始めたトルコに対してまたとない牽制役となろうと考えられるからである。

注釈
注1.カタールの対ギリシャ投資については、Gulf Timesの2010年5月4日「Qatar govt eyes $5bn investment in Greece」、同2011年8月29日「Qatar ‘to inject 500mn euros in Greek banks’ merger’」、miningne.wsの2011年10月3日「Qatari wealth fund on gold buying spree」等を参照のこと
注2.イスラエルとギリシャの接近については、EMGの2011年9月7日「Greece, Israel reaffirm strategic alliance, sign cooperation agreement」、defencegreece.comの2011年12月16日「Joint exercise between the HAF and the IAF in Israel」、同2012年1月7日「Israel’s Defense Minister to visit Greece」等を参照のこと
注3.イスラエルとキプロスの接近については、Jerusalem Postの2011年8月25日「Cyprus wants Israeli support in offshore drilling spat」 、Haaretzの2012年1月19日「Netanyahu headed to Cyprus to boost cooperation on security, offshore drilling」等を参照のこと
注4.カタールの対リビア介入や反カダフィ派支援については、Gulf Timesの2011年3月18日「Qatar, UAE ‘to join international forces’」、RIA Novostiの2011年3月28日「Qatar becomes first Arab country to recognize Libyan National Council」、Gulf Newsの2011年4月1日「Libyan opposition says it has oil deal with Qatar」、CNNの2011年8月24日「Foreign forces in Libya helping rebel forces advance」等を参照のこと
注5.リビア新体制がイスラエルに対して友好的な声明を発表したことは、Haaretzの2011年8月24日「Rebel spokesman to Haaretz: Libya needs world's help, including Israel's」を参照のこと
注6.ハマド首長のシリアに対する発言については、Gulf Newsの2012年1月14日「Arab troops must be deployed to Syria, Qatar Emir says」等を参照のこと。


参考資料
・CNN 「Foreign forces in Libya helping rebel forces advance」 2011年8月24日
・defencegreece.com 「Joint exercise between the HAF and the IAF in Israel」 2011年12月16日
・defencegreece.com 「Israel’s Defense Minister to visit Greece」 2012年1月7日
・EMG 「Greece, Israel reaffirm strategic alliance, sign cooperation agreement」 2011年9月7日
・Gulf News 「Arab troops must be deployed to Syria, Qatar Emir says」 2012年1月14日
・Gulf News 「Libyan opposition says it has oil deal with Qatar」 2011年4月1日
・Gulf Timesの「Qatar govt eyes $5bn investment in Greece」 2010年5月4日
・Gulf Times 「Qatar, UAE ‘to join international forces’」 2011年3月18日
・Gulf Times 「Qatar ‘to inject 500mn euros in Greek banks’ merger’」 2011年8月29日
・Haaretz 「Rebel spokesman to Haaretz: Libya needs world's help, including Israel's」 2011年8月24日
・Haaretz 「Netanyahu headed to Cyprus to boost cooperation on security, offshore drilling」 2012年1月19日
・Jerusalem Post 「Cyprus wants Israeli support in offshore drilling spat」  2011年8月25日
・miningne.ws 「Qatari wealth fund on gold buying spree」 2011年10月3日
・RIA Novosti 「Qatar becomes first Arab country to recognize Libyan National Council」 2011年3月28日
・パトリック・シール 「砂漠の殺し屋アブ・ニダル」 1993年8月 文藝春秋 石山鈴子訳