2012年2月6日月曜日

第四百四十二段 エジプト-アルメニアの接近

アルメニアは領土問題や歴史問題でトルコやアゼルバイジャンとの間に対立を抱え、これに対抗するためイランやロシアと手を結んできた。そしてトルコやアゼルバイジャンはロシアと対立関係にあるグルジアを友好関係を構築してきた。要するに南コーカサスから中東北辺にかけての一帯は、大まかに言ってトルコ-アゼルバイジャン-グルジア陣営とアルメニア-イラン-ロシア陣営が対峙する状況が今まで続いてきた。以上が当該ブログでもたびたび取り上げてきた構図である。

ここに新たなプレーヤーとしてエジプトが登場してきた。しかもアルメニア側の立場をとって。アゼルバイジャンの通信社News.Azは次のように伝えている。
Armenia and Egypt are set to sign an agreement on defense cooperation, the Cabinet Meeting decided. Defense Minister Seyran Ohanyan noted that the cooperation between Armenia and Egypt includes defense measures between the two governments. The sides will cooperate on defense planning, civilian control of the armed forces, military education, exercise, military medicine, military aviation, etc.
2012年2月3日

要は、エジプトとアルメニアが両国間各種軍事協力強化に係る合意文書調印に向けて動いているという記事である。

これは実に興味深いニュースといえよう。というのも、エジプトでは最近、長期にわたるムバラク政権が崩壊した後に行われた議会選挙でムスリム同胞団を中心としたイスラム主義勢力が議席のほぼ7割を占めるという大躍進を果たした。そしてムスリム同胞団の支持者が「反軍政」デモを行っていた人々に攻撃を仕掛ける等(注1)、ムスリム同胞団は軍とも協力関係を深めている。こうしたエジプト政治におけるイスラム勢力の影響力増大にも関わらず、何故か現エジプト政権は同じイスラム教徒が多数を占めるトルコやアゼルバイジャン(もっとも、トルコやエジプトと違ってアゼルバイジャンで多数を占めているのは、イラン同様にイスラム教のシーア派ではあるのだが)ではなく、キリスト教国アルメニアとの友好関係確立に動いたのだ。

では何故エジプトはアルメニアに接近したのか? まず気になるのが、南コーカサス~中東北辺におけるイスラエルとイランの立ち位置である。イランが今日に至るまでアルメニアと良好な関係下にあることは前述した。そして、そのイランと核開発問題やパレスチナ問題を巡って鋭く対立しているイスラエルは、トルコとアゼルバイジャンと良好な関係を築いている(トルコとの関係は最近冷却化が進んではいるが)。


次にエジプトの状況を俯瞰してみると、同国はイスラエルとの間で、1979年、第三次中東戦争で占領されたシナイ半島の返還と引換えに、アラブ諸国として初めて平和条約を締結した。これはエジプト国内、特にイスラム主義者の憤激を呼び、1981年、当該条約を締結したサダト大統領は彼らの凶弾に斃れた。だがサダトの後を襲ったムバラク大統領もまた前職者の遺志を継いでイスラエルとの平和的な関係に国益を見出し、両国関係は安定の時期を迎えた。それが2011年に大きな転機を迎える。この年、今までイスラエルとの和平関係を維持してきたムバラク政権が崩壊し、その混乱の中で両国の間にあるシナイ半島の治安が悪化してパイプラインへの爆破テロ相次ぐようになり(注2)、前述のようにムバラク政権崩壊後に強大な政治勢力として浮上してきたムスリム同胞団は、イスラエルとの平和条約についても「見直し」を強く主張している(注3)。

以上を踏まえて考えてみると、(今後イスラエルに対して対決的な姿勢をとると予測される)エジプトが(イランとの関係が良好な)アルメニアと軍事協力で合意したという件のニュースは、エジプトが、核開発問題で欧米との対立が鮮明となっている中で露骨にイランの与国とみなされることは避けつつも、将来的にイスラエルとの対決政策をとる際の提携先としてイランとの間にチャネルを開設しようとしていることを示している可能性があると考えられる。

注釈
注1.エジプトにおけるムスリム同胞団支持者と反軍政派との衝突事件については、Ahramの2012年1月31日「Brotherhood supporters clash with anti-SCAF protesters outside Parliament」を参照のこと。
注2.2012年に入ってからは中国人労働者やアメリカ人観光客といった外国人に対する誘拐事件も相次いでいる。今の所は、いずれも被害者が無事解放されているのが救いと言えば救いである。
注3.エジプト・ムスリム同胞団の「イスラエル-エジプト平和条約は見直しが必要」声明については、Haaretzの2011年12月9日「Muslim Brotherhood: Egypt-Israel peace treaty needs to be reviewed」を参照のこと


参考資料
・Ahram 「Brotherhood supporters clash with anti-SCAF protesters outside Parliament」 2012年1月31日
・BBC 「US tourists seized in Egypt's Sinai peninsula freed」 2012年2月3日
・News.Az 「Armenia, Egypt to cooperate on defense」 2012年2月3日
・Haaretz 「Muslim Brotherhood: Egypt-Israel peace treaty needs to be reviewed」 2011年12月9日
・THE DAILY STAR 「Bedouins kidnap Chinese workers in Egypt's Sinai: sources」 2012年1月31日