2012年2月29日水曜日

第四百四十八段 ボイコット是か非か?

先日、大衆居酒屋チェーンワタミ従業員の自殺が労災認定され、その遺書から浮かび上がった当該企業の労働環境がかなり過酷なものなのではないかということで人々の注目を浴びた。案件の概要は以下の通りである。
居酒屋チェーン「ワタミフードサービス」の新入社員の女性が2008年6月に入社2カ月で自殺したのは、連夜の過重労働で精神障害を負ったことが原因だったとして、神奈川労働者災害補償保険審査官は21日までに、労災を認定した。09年7月の横須賀労働基準監督署の決定は過労と自殺との因果関係を認めず、遺族が審査請求していた。決定は14日付。

 遺族代理人の弁護士によると、同社元社員の森美菜さん=当時(26)=は08年4月に入社後、同社が経営する横須賀市内の居酒屋に勤務。深夜の勤務や残業が連日続き、休日も研修やリポート作成を余儀なくさせられ、極度の睡眠不足の状態だったという。

 森さんは同6月12日、同市内で自殺。両親は同年8月、横須賀労基署に労災申請を行ったが、同労基署が棄却したため、09年7月に審査官に審査請求を提出した。

 審査官は、森さんが居酒屋で勤務し始めた08年4月からの約1カ月間で、時間外労働が140時間を超えたと認定。慣れない調理業務に従事させられた上、研修などで休憩や休日を十分に取得できる状況になく、「業務による強い心理的負担が原因で精神障害を引き起こした」とした。

 森さんの父親(63)は「自殺が会社に責任のあったことが認められたことは、娘の一番の供養になる。これを機に会社の労働状況が改善されることを願う」と話した。弁護士は後日、遺族への謝罪と損害賠償、再発防止策の提示を求める要望書を同社に提出するという。

 ワタミは「審査官の決定内容を把握していないため、コメントは差し控えます」とした。

2012年2月21日 神奈川新聞

この件を受けて、例えばツイッター上では「こんな酷い環境で労働者をこき使うワタミは、飲み会等で利用しないことにしよう」という、所謂ボイコット運動の呼びかけがなされ、それに賛同する声もあがっている(注1)。
確かに企業、特に今回話題になったワタミのような個人消費者向けの事業を行っている企業にとって、消費者の当該企業に抱くイメージや直接的な消費行動が経営戦略上重要な意味を持っているであろうことは想像に難くない。その意味で、今回話題となったワタミの労働環境等に憤りを覚える人々が当該企業に対する異議申立手段としてボイコットやその呼びかけを選択するというのも理解できる。そしてボイコットやその呼びかけによってワタミの労働環境が改善されたとしたなら、それは社会正義の実現という点で意義のあることなのだろうとも思う。

しかし、しかしである。人の世の難しさとは、ある行動によってもたらされた結果の良否とその行動を起こすに至った動機の素晴らしさ(場合によっては悪辣さ)とは必ずしも一致しない点にあるのではないか(注2)。そうした斜に構えた視点でワタミ・ボイコットを見てみると、そこには一種の陥穽というか毒が潜んでいるような気がしてならない。

どういうことかと言うと、ボイコット呼びかけの結果としてワタミの収益低下が予想される若しくは実現したとする。ボイコットを呼びかけた人々やそれに応じた人々は、これによってワタミ経営陣が「消費者に戻ってきてもらうには従業員の労働環境を改善するしかない」と判断して実行に移ることを期待しているのであろうし、その目論見は確かに成功するかもしれない。
しかし、ワタミ経営陣の立場になって考えてみると、ボイコットの結果として収益低下が予想される若しくは実現した場合、「収益の減少にはコスト削減で対応しよう。従って今いる従業員を一部削減し、残った従業員には更に頑張ってもらおう」という選択肢もあることに気付くのはそう困難なことではない。
ワタミ経営陣がボイコットやその呼びかけによってもたらされるであろう事態に対してどのような決断を下すかは外部の人間にとって窺い知れる所ではないが、もし仮に彼らが後者の判断を採ったとしたならば、「ワタミ従業員の労働環境改善」を目的として行われたボイコットやその呼びかけが、皮肉なことにワタミのある従業員には解雇、残った従業員には人手減少で更に過酷化した労働環境をそれぞれもたらしてしまうことになる(注3)。

そんなことをつらつら考えていて思い出してしまったのが、「日経サイエンス」2006年5月号に掲載されていた米カリフォルニア大バークレー校の経済学者プラナバ・バータン教授の「グローバリゼーションは貧困を救うか」という論文の一節である(注4)。
九三年、児童労働によって生産された製品が米国で輸入禁止となることを見越して、バングラデシュの衣料品企業では約五万人の子どもが解雇された。国連児童基金(ユニセフ)と現地の援助団体は、これによる影響を調査した。子どもたちのうち約一万人は学校に戻ったが、残りの四万人は砕石作業や児童買春など、より劣悪な仕事に流れることになった。

業としては合法な別の転職先、或いは各種学校等といった転職を望んだり失業に直面した場合の各種受け皿、再出発のチャンスの整備が比較的進んでいない新興国の児童労働と今回話題になった日本のワタミの件を単純に比較するのは、我ながらやや乱暴な見方だとは思う。思うのだが、労働問題について外部の人々が善意や正義感に基づいて起こした行動が、その動機とは裏腹に、救おうとした人々の首を絞めて更なる窮状に追い込んでしまうこともあるという冷厳な実例を目の当たりにしてしまうと、やはり自分は甚だしく惑ってしまうのである。「ボイコット是か非か?」と(注5)。

注釈
注1.なおツイッター上で「ワタミでのまない会」と検索をかけると次のような意見が見られる。→https://twitter.com/#!/search/%E3%83%AF%E3%82%BF%E3%83%9F%E3%81%A7%E3%81%AE%E3%81%BE%E3%81%AA%E3%81%84%E4%BC%9A
注2.「一致しない」というか、全く無関係なようにも思えるのは気のせいか?
注3.無論、明暗二者択一というわけではなく、「一部従業員を解雇して浮いたコストを残った従業員の労働環境改善に充てる」、「従業員全体の労働環境を改善し、それによるコスト増大やサービスの質の低下等は消費者に負担してもらう」といった中間的な選択肢も存在するであろう。
注4.なお、自分が当該論文の存在を知ったのは、現代中国経済を主な研究対象とする梶谷懐氏の著作「「壁と卵」の現代中国論 リスク社会化する超大国とどう向き合うか」によってであったことを付記しておく。
注5.すごく単純に、ボイコット云々以前に「まず労働基準法等をきちんと遵守しなさいよ!」という気もするが、そこから考えを進めて「法律を遵守した結果生じるであろう従業員の労働環境改善に伴うコストは、じゃあ誰が負担すればいいの?」となると、あまり企業にのみ押し付け過ぎると事業自体の継続性や従業員増員へのインセンティブを削ぐことになってそれはそれで既存従業員やこれから就職しようとする人によろしくないだろうし、かといって(注2)でも触れた価格やサービスの低下(端的に言えば「不便」)という形で消費者側に回す方策も、それを鷹揚に受け入れられるほど金銭的或いは精神的に余裕のある人なんてそう多くは期待できないだろうし・・・・となって考えはまとまらない。


参考資料
・プラナバ・バータン 日経サイエンス2006年5月号「グローバリゼーションは貧困を救うか」 2006年3月
・神奈川新聞 「「過労自殺」入社2カ月ワタミ新入社員、労災審査官認定/神奈川」 2012年2月21日