2012年2月19日日曜日

第四百四十五段 ネオ・オスマン朝vsネオ・ビザンツ-十字軍国家?

最近、トルコという国が有卦に入ったかのような印象を抱くことがある。というのも、東を向けば、パレスチナ問題等を巡って長年の友好国であったイスラエルとは関係が冷却傾向にあるものの、旧来より関係良好なアゼルバイジャンに加えて、クルド人問題を梃にイラクへの影響力を強め、湾岸諸国やイランとの関係改善も進み、西を向けば、外需は勿論、約6千万人という人口がもたらす内需によって堅調な経済成長が続いてきたこともあってバルカン諸国との関係も強まり、ルーマニアとは戦略的パートナーシップ確立で合意した他(注1)、ボスニア・ボシュニャク人(90年代の内戦時には「モスレム人」或いは単純に「イスラム教徒勢力」と報じられた勢力)有力者からは「積極的なボスニア情勢への関与」を呼びかけられる(注2)と言った具合に、東からも西からも慕う声が引きも切らない有り様となっているからだ。
こうしたバルカン半島から中東にかけての一帯におけるトルコの存在感の強まりは、かつてのオスマン帝国の領域を彷彿とさせるものであり、これを評して「ネオ・オスマン主義」という声が出てくるのも宜なるかなと言った状況である(注3)。

だが一方で「好事魔多し」とでも言おうか、上述の如きトルコの台頭に対し、関係冷却化の進むイスラエル、そして従来より民族問題やエーゲ海を巡ってトルコと対立関係にあったギリシャ、キプロス(注4)を中心にこれを牽制するかのような動きも目立ってきた。具体例を挙げていくと、イスラエルとギリシャ、ブルガリアとがそれぞれ進める二国間防衛協力強化の動き(注5)、キプロスとイスラエルとの防衛分野及び東地中海ガス田開発協力の動き(注6)、イスラエル-キプロス-ギリシャ送電線網接続計画の浮上(注7)、キプロスとギリシャによるセルビアのEU加盟交渉支援の動き(注8)(注9)、ギリシャとアルメニアの防衛協力強化の動き(注10)等がある
まるでアナトリア等に勢力を拡大するイスラム諸王朝を牽制するため、バルカン半島のビザンツ帝国やキプロス、レバントに拠る十字軍国家が連携した12~13世紀の構図を想起させるような動きである(注11)


このように、トルコの政治的経済的影響力の拡大とそれを快く思わない諸国間の連携が東欧や東地中海、中東といった地域を超えて展開されるようになってくると、それに伴って、従来であれば別個の問題として捉え対処することが可能であった、アルバニアからコソボ、マケドニア北部、ボスニアにかけて広がるイスラム教徒住民が多数居住する地域の不安定化、東地中海の油田・ガス田を巡るトルコとギリシャ-キプロス-イスラエルとの対立、そして中東情勢を巡るトルコとイスラエルの対立といった問題群が連鎖して発火する可能性もまた高まってくる事になるだろう。

注釈
注1.トルコ-ルーマニア戦略的パートナシップの締結についてはWorldBulletinの2011年12月12日「Turkey, Romania sign strategic partnership document」を参照のこと。なお、同時にルーマニア大統領は「トルコのEU加盟」に対する支持を鮮明にした。
注2.ボスニア大統領評議会ボシュニャク人メンバーの一人たるバキル・イゼトベゴヴィッチ議員によるトルコへの「ボスニア情勢への一層の関与を」呼掛けについては、B92の2012年2月16日「Turkey urged to "increase engagement in Bosnia"」を参照のこと。
注3.もっとも、トルコの近隣諸国ではバルカンか中東かを問わず、現国家体制の正当性やナショナリズムが「オスマン帝国への隷従から輝かしい独立へ」という「物語」に強く規定されている国が多い。こうした周辺諸国の事情を慮ってか、現時点でトルコ共和国政府首脳部は自国の対外行動が「ネオ・オスマン主義」と呼ばれることをあまり歓迎していない。
注4.なお、実態として、現在キプロス島はギリシャ系住民を主体とする南キプロス政府とトルコ系住民を主体とする北キプロス政府によって二分された形となっている。ただし、北キプロスを独立した政府として認めているのは現時点でトルコ共和国のみであり、単に「キプロス」といった場合は南キプロス政府を指すのが一般的である。
注5.イスラエル-ギリシャの防衛分野における接近について、最近の動きとしてはdefencegreece.comの2012年1月11日「Israeli Deputy PM Ehud Barak on Greek visit」を参照のこと。またイスラエル-ブルガリアの防衛分野における接近については、同じくdefencegreece.comの2012年1月17日「Israel, Bulgaria Sign Arms Industry Deal」を参照のこと
注6.イスラエル-キプロスの防衛分野及び天然ガス開発における協力強化については、defencegreece.comの2012年2月7日「Israel eyes Cyprus for military air base」及びJerusalem Post の2011年8月25日「Cyprus wants Israeli support in offshore drilling spat」、Globesの2012年2月16日「Israel and Cyprus upgrade ties」等を参照のこと
注7.イスラエル-キプロス-ギリシャ送電線網接続計画については、CyprusMailの2012年1月31日「Israel plans preparatory works on power cable」を参照のこと
注8.ギリシャによるセルビアEU加盟支援についてはdefencegreece.comの2012年2月16日「Greece and Serbia Sign Memorandum of Cooperation in Belgrade」、キプロスのそれについてはFamagusta Gazetteの2012年2月16日「Cyprus President supports start of EU-Serbia accession negotiations」をそれぞれ参照のこと。
注9.中世セルビア王国がオスマン帝国のバルカン半島征服に激しく抵抗した末にマリツァの戦い(1371年)及びコソボの戦い(1389年)で粉砕された遠い歴史、そしてユーゴスラビア解体後に発生したおけるセルビア人勢力とイスラム教徒たるボシュニャク人・アルバニア人勢力との血塗れの抗争という近い歴史を踏まえれば、当該支援が決して漠然とした「近隣国のよしみ」や「統一欧州の理念」に基づくものではないことがよくわかる。
注10.ギリシャ-アルメニアの防衛協力強化の動きについては、New.Azの2011年12月16日「Armenian-Greek military cooperation discussed」を参照のこと
注11.もっとも、ビザンツ帝国も十字軍国家も常に手を携えてイスラム諸王朝に対抗していたと言うわけではなく、自分たちの勢力維持・拡大に都合がよければ、イスラム諸王朝側と手を結ぶことも稀ではなかった。


参考資料
・B92 「Turkey urged to "increase engagement in Bosnia"」 2012年2月16日
・CyprusMail 「Israel plans preparatory works on power cable」 2012年1月31日
・defencegreece.com 「Israeli Deputy PM Ehud Barak on Greek visit」 2012年1月11日
・同上 「Israel, Bulgaria Sign Arms Industry Deal」 2012年1月17日
・同上 「Israel eyes Cyprus for military air base」 2012年2月7日
・同上 「Greece and Serbia Sign Memorandum of Cooperation in Belgrade」 2012年2月16日
・Famagusta Gazette「Cyprus President supports start of EU-Serbia accession negotiations」 2012年2月16日
・Globes 「Israel and Cyprus upgrade ties」 2012年2月16日
・Jerusalem Post  「Cyprus wants Israeli support in offshore drilling spat」 2011年8月25日
・New.Az 「Armenian-Greek military cooperation discussed」 2011年12月16日
・WorldBulletin 「Turkey, Romania sign strategic partnership document」 2011年12月12日