2012年3月31日土曜日

第四百五十五段 羅先地区開発続報

最近、何かと世間の耳目を集める北朝鮮の割に注目を集めない話題の話。

当ブログでも度々取り上げてきた北朝鮮・羅先開発地区の動向だが、共同通信の2012年2月16日付「ロシア・東欧ファイル」によれば、同開発地区の羅津港にて増設予定の4~6号埠頭について中国が建設及び50年にわたる使用の権利を獲得したという。この情報と当ブログ第三百七十段で取り上げた同港における埠頭の割当状況を合わせてみると以下のようになる。

・第1埠頭:中国に10年間の貸借。
・第2埠頭:スイスに貸借(期間不明)。
・第3埠頭:ロシアに50年間の貸借。
・第4~6埠頭:中国が建設し、完成後は50年にわたって貸借

なお
当該記事によると、中国は第4埠頭を7万トン級船舶の停泊が可能なものとして建設する他、羅津港隣接地域への空港、火力発電所建設を含めて総額30億ドルの投資を行う予定であるという(注1)。同港及びその周辺地域の開発についてはこの他、信憑性への疑問はあるものの中国による出力40万KW級原発建設計画があるという話も伝えられている(注2)。

また、今年後半にはロシア・ハサンと羅津港を繋ぐ鉄道(総延長54km)の商業運行開始が予定されており、北朝鮮は当該鉄道によって今年10万トンの石炭受入れを計画している(将来的には年300万トンまで拡大の見込み)(注3)。
鉄道を通じて同港に搬入された石炭の最終的な仕向け地として容易に想像されるのは中国だが(注4)、日本海を挟んで対岸に位置する日本においても東日本大震災に伴う各原発の停止によって火力発電への依存が進んでおり、日朝間に困難な政治マターが存在することを踏まえた上でも今後の展開が注目される(注5)。

北朝鮮が関係する大規模開発事業については、上述の羅先開発計画に加え、当ブログ四百六段でも取り上げた露朝韓ガス・パイプライン計画が存在する。北朝鮮によるロケット発射を巡って朝鮮半島情勢が慌ただしくなっている現状だが、各種報道を見る限り、北朝鮮を含んだ6カ国協議諸国の中からこれら開発計画について「破棄」「凍結」「停止」の類の表明又はそれを求める声は出ていないようである(注6)。

愚考するに、北朝鮮の弾道ミサイルの標的となる可能性が現状で極めて低い中国とロシア、そして北朝鮮が既に実戦配備していると目される短距離・中距離弾道ミサイルの射程距離内に国土の殆どが存在する日本や韓国にとって今回のロケット発射が既定の安全保障戦略に与える影響はさほど大きくないこと、残る米国にとってもアフガニスタンやイラン核開発問題を抱えた状態で北朝鮮現政権の急速な崩壊が発生することは望ましくないであろうことから、恐らく北朝鮮政府が核実験にまで歩を進めない限り、これら開発計画が政治的理由によって停止に追い込まれる可能性は今後も極めて低いと思われる。

注釈
注1.共同通信の2012年2月16日付「ロシア・東欧ファイル」を参照のこと。
注2.共同通信の2012年1月20日付「ロシア・東欧ファイル」を参照のこと。
注3.共同通信の2012年3月2日付「ロシア・東欧ファイル」を参照のこと。
注4.2011年1月には羅津港に運び込まれた中国吉林省産石炭が上海へ向けて出荷されている。また、同港に隣接する中国琿春も韓国釜山との間に直結する輸送経路を開拓している。
注5.北朝鮮・羅津港から日本・新潟港までの直線距離は大体870km強といった所。なお、羅津から直線距離にして約130kmほど北にあるロシア・ウラジオストクでは伊藤忠、石油資源開発、丸紅等日本企業5社がガスプロムと合同でLNGターミナル建設計画を推進している。
注6.聯合ニュースの2012年3月31日「<核サミット>韓ロ首脳 北朝鮮のミサイル発射に反対」によれば、ロシア-韓国両国は「ロシアから北朝鮮経由で韓国に天然ガスを供給するパイプライン建設プロジェクトについては、協議を継続する」ことで合意したという。


参考資料
・共同通信 「ロシア・東欧ファイル」 2012年1月20日
・同上 「ロシア・東欧ファイル」 2012年2月16日
・同上 「ロシア・東欧ファイル」 2012年3月2日
・聯合ニュース 「<核サミット>韓ロ首脳 北朝鮮のミサイル発射に反対」 2012年3月31日

2012年3月29日木曜日

第四百五十四段 東欧原発事情 追補

当ブログ第四百二十五段で取り上げた東欧諸国の原発事情だが、その後、色々な動きが出てきたので、追補的なものを一つ・・・・。

スロバキア
既に出力470MWの原子炉2基が稼働しているモホウツェ原発だが、増設炉(出力800MWの原子炉が2基)が今年から来年にかけて順次稼働開始の見込みとなっている(注1)。

チェコ
テメリン原発拡張工事について昨年10月から入札手続きが始まっているが(期限は2012年7月2日、落札企業決定は2013年予定)、チェコ政府が地元企業への下請け発注に積極的な企業を選考する姿勢を見せていることを受け、アレバは地元企業14社と提携し受注額の70%を地元企業に下請け発注することを決定したが、その中でも既にWH、露ASE-チェコ・シュコダJS連合と協力関係を構築しているI&Cエネルゴは、今回のアレバとの提携成立によって落札企業がどこになっても確実に下請け発注を獲得できる状態となった(注2)。

ブルガリア
ブルガリア政府と露ASEとが組んで実現に動き出したものの、その後、建設コスト増大を巡る対立で停滞が続いていたベレネ原発建設計画(2008年建設工事開始 PWR:2基 総出力2000MW)だが、2012年3月28日、遂にブルガリア政府は当該計画の中止を決断した(注3)。
この政府の決断に対し、同国の右派(ブルガリア現政権の主な支持基盤、概してロシアに対しては反抗的)は賛意を示し、逆に左派(ベレネ原発計画を推進した前政権の支持基盤、概してロシアに対しては友好的)は批判的な態度をとっている(注4)(大まかに言って日本とは逆の光景というのが面白いところ)。
なお、ベレネ原発計画のために納入される原子炉は、かねてより拡張計画のあったコズロドイ原発(1~4号 機:VVER-440 5~6号機:VVER-1000)の7号炉として転用されることになっている(注5)。

ポーランド
CO2を多量に排出する石炭火力発電やロシアからの天然ガスに対する依存度を軽減するため、バルト海沿岸部のジェルノビェツ(最有力候補)等を建設候補地として原子炉2基からなる原発建設計画がある。2011年11月~2012年1月末にかけて入札を行い、2013年に落札企業が決定される予定である。
ただし、当該原発計画に対する国民の支持はそれほど高くなく、特に建設候補地の一つであるミエルノで実施された原発建設への賛否を問う住民投票では、有権者の57%に当たる2389人が投票して反対が95%という結果が出ている(注5)。
これを受けてトゥスク首相は、国民の原発計画に対する支持を拡大するため、3月1日から広報キャンペーンを開始した。同キャンペーンの期間は3年で予算は総額2200万ズロチ(525万ユーロ相当)が投じられるという(注6)。

注釈
注1.FBCの「東欧経済ニュース」No763を参照のこと。
注2.
FBCの「東欧経済ニュース」No765を参照のこと。
注3.ロシア国営通信社ITARTASSの2012年3月28日「Bulgaria refuses from Russian nuclear plant Belene project」を参照のこと。
注4.ベレネ原発計画中止を巡るブルガリア国内の右派と左派の反応については、同国メディアNoviniteの2012年3月28日「Bulgaria Rightist to PM: Congratulations for Scrapping Belene!」並びに同日付「Bulgaria Socialists Slam Quitting Belene N-Plant」をそれぞれ参照のこと。
注5.FBCの「東欧経済ニュース」No767を参照のこと。
注6.
FBCの「東欧経済ニュース」No764を参照のこと。なお、ポーランド全体では原発建設賛成派は4割程度とされているが、とりわけミエルノ住民投票で「原発建設反対」が多数を占めたのは、同地が住民の9割が観光業で生計を立てるリゾート地であり、原発の建設によってリゾート地としてのイメージが毀損することを恐れる声が強かったことによるようである。

参考資料
・FBC 「東欧経済ニュース」No763 2012年2月22日
・同上 「東欧経済ニュース」No764 2012年2月29日
・同上 「東欧経済ニュース」No765 2012年3月7日
・同上 「東欧経済ニュース」No767 2012年3月21日
・ITARTASS 「Bulgaria refuses from Russian nuclear plant Belene project」 2012年3月28日
・Novinite 「Bulgaria Rightist to PM: Congratulations for Scrapping Belene!」 2012年3月28日
・同上 「Bulgaria Socialists Slam Quitting Belene N-Plant」 2012年3月28日

2012年3月22日木曜日

第四百五十三段 南極情勢に変化の兆し?

「南極」というと厳しい寒さやペンギンやアザラシの類が生を謳歌する野生の王国といったイメージが一般的であろうが、最近中国やインドの急速な経済発展を背景に世の注目を集めだした「資源」という面から見れば、太古の昔、同じゴンドワナ大陸に属する陸塊であった南アフリカやインド、オーストラリアが貴金属類或いは鉄鉱石、石炭等の豊富な鉱物資源に恵まれていることから南極もまた相応の鉱物資源ポテンシャルを有していると想像されること、そして石油・天然ガスについても、70年代時点でアメリカ地質調査所西部大陸棚に石油450億バレル、天然ガス115兆立方フィートの埋蔵量を見込んでいる(注1)、といった具合に「次のフロンティア」としてもなかなか興味深い対象なのだ。

だが、こうした資源ポテンシャルにも拘らず、厳しい気候による開発コストの高さ、1961年に発効した南極条約による各国領有権主張の凍結や1991年にスペイン・マドリッドで各国が調印した「環境保護に関する南極条約議定書」(注2)を集大成とする諸々の環境保護に係る国際合意の存在が相俟って、南極大陸は資源開発における「永遠の処女地」となってきた。

そんな状況に、微かな変化を感じさせる動きが続いている。

まず厳しい自然環境がもたらす開発コストの高さだが、これは営々と続いてきた開発・探査技術の革新と気候変動による環境条件の緩和、そして中国、インドといった人口大国が経済発展に向かって走り出したことによる資源需要の高まりによって必ずしも乗り越えられない壁ではなくなってきている。南極と同じような課題を抱えながらも最近では資源開発のフロンティアと化している北極圏の状況を見れば、そのことがより実感できよう。

次に南極大陸を開発の手から遠ざけてきた国際合意についてだが、2011年10月26日付の共同通信「ロシア・東欧ファイル」が興味深い話を載せている。それによると、同年6月にアルゼンチン・ブエノスアイレスで開催された第34回南極条約諮問会合において、ロシア代表団が南極大陸を「平和と学術に捧げる自然保護地域」と定めた「環境保護に関する南極条約議定書」(記事中では「マドリード条約」と表記)の放棄を提案する作業文書を提出したという。これに対して他の南極条約締約国48カ国(注3)は公式の論評や抗議を発することなく沈黙を守ったというのだ。

無論、ロシア代表団の提案に対して抗議や反発の姿勢を示さないことが必ずしも賛同と直結するわけではないが、上述のように資源開発コストの壁が着実に低下しつつある中、最近になってロシア国営通信社RIA Novostiが南極大陸に対する各国の領有権主張状況地図を掲載したこと、そして南極大陸領有権主張国たる英国とアルゼンチンとの間でフォークランドを巡って再び緊張が高まってきていること(注4)等を考え合わせると、なんとも気になる動きではある。

南極大陸における各国の領有権主張状況

注釈
注1.この数字を現在のデータと単純に比較してみると、南極にはリビアとほぼ同じ石油埋蔵量を期待できることになる。また当時のソ連は南極のガス・石油ポテンシャルについて「アラスカを上回る」との見方をとっていたようである。
注2.当該議定書は調印地に因んで「マドリッド議定書」等とも呼ばれる。当該議定書の調印国は、2008年時点ではアルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、ベラルーシ、ブラジル、ブルガリア、チリ、中国、エクアドル、フィンランド、フランス、ドイツ、インド、イタリア、日本、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ペルー、ポーランド、ロシア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、イギリス、アメリカ、ウルグアイ、ウクライナ、ギリシア、ルーマニア、チェコ、カナダの33カ国となっている。
注3.南極条約締約国数は第34回南極条約諮問会合時点でのもの。なお2012年1月時点での当該条約締約国数は、南極に基地を設ける等、積極的に科学的調査活動を実施してきているアルゼンチン、オーストラリア、ベルギー、ブラジル、ブルガリア、チリ、中国、エクアドル、フィンランド、フランス、ドイツ、インド、イタリア、日本、韓国、オランダ、ニュージーランド、ノルウェー、ペルー、ポーランド、ロシア、南アフリカ、スペイン、スウェーデン、イギリス、アメリカ、ウルグアイ、ウクライナの28カ国(これら諸国は特に「南極条約協議国」と称される)とその他の締約国オーストリア、カナダ、コロンビア、キューバ、チェコ、デンマーク、エストニア、ギリシア、グアテマラ、ハンガリー、マレーシア、北朝鮮、モナコ、パプアニューギニア、ポルトガル、ルーマニア、スロバキア、スイス、トルコ、ベネズエラ、ベラルーシの21カ国、総計49カ国となっている。
注4.かつては英国・アルゼンチン両国のナショナリズム衝突の舞台となり、最近では沖合に海底油田の存在も確認されたフォークランド諸島だが、そこにはまた、イギリス本国とその南極観測基地を繋ぐ空港が存在している。

参考資料
・JOGMEC 「南極の地質と石油」 1980年2月
・MSN産経ニュース 「英国からの輸入停止要請 領土紛争でアルゼンチン」 2012年3月1日
・RIA Novosti 「Territorial claims in Antarctica」 2012年2月20日
・共同通信 「ロシア・東欧ファイル」 2011年10月26日
・同上 「「英が原潜派遣の情報」 アルゼンチン外相」 2012年2月11日
・日本外務省 「環境保護に関する南極条約議定書」 2008年12月
・同上 「南極条約・環境保護に関する南極条約議定書」 2012年1月

2012年3月10日土曜日

第四百五十段 キプロスで交差するイスラエル、ロシア、中国の動向

世の人付き合いのあり方というものを考えてみると、恋愛、友好、憎悪、対立、打算、その他色々な形態が頭に浮かぶものである。それは国と国との関係においても大体同じようなことが言えると思うのだが、その中でもイスラエル、ロシア、中国の関係の複雑さは目を引くものがある。

如何なることかというと、ロシアや中国は、イスラエルに対して敵対的な姿勢を保持するイランやシリア(アサド親子政権)に対して友好的な態度をとってきた。
例を挙げていくと、王制時代から計画はあったもののイスラム革命によって西側の援助を得ることが困難となって苦境に立たされたイランの原発建設に対してロシアが技術的な支援を与えてきたこと、ロシアにとってシリアがソ連時代以来兵器売却の主要顧客の一つであると同時にシリアがソ連・ロシア海軍にタルトゥース港を地中海における拠点として利用するのを認めてきたこと(注1)、そして中国もまた、シリアやイランが核開発や国内の人権状況等について西側諸国から非難を加えられた時には、国連をはじめとした様々な外交舞台でシリア、イラン擁護の立場をとってきたこと等は昨今のイラン核開発問題やシリア動乱を巡る各種報道でお馴染みのものであろう。

以上の例だけを見るとイスラエルにとって中露両国は敵側、やや穏便な言い方をすれば利敵的立場に立っているようだが、一方で中露は共に北コーカサスや新疆といったイスラム教徒が多数居住する地域を支配下に置いている関係からイスラム過激派の勢力伸長やテロ活動に神経を尖らせており、この点ではイスラエルとも利害が一致している。また、ロシアはイスラエルとの間にロシア系ユダヤ人を通じた深い因縁も有している(注2)。こうした事情を背景にイスラエル、ロシア、中国の三国は、ある分野では対立しつつも別の分野では陰に陽に協力の動きを見せてきた(注3)(注4)(注5)。

そんな三国の動向が、東地中海に浮かぶ国キプロスで交差している。三国の思惑を惹き付け、交差させる磁場となっているのが同国におけるガス田の存在である。
海底ガス田の開発や電力供給を中核としたキプロスとイスラエルとの関係強化は当該ブログ四百四十五段「ネオ・オスマン朝vsネオ・ビザンツ-十字軍国家?」でも取り上げたので割愛するが、ここにきてロシア・ガスプロム及び中国CNOOCもキプロス・ガス田に熱い視線を送っていると言う報道が続いているのだ(注6)(注7)。

ガスプロムは、今年春にもキプロス南部で海底ガス田の開発に乗り出す計画であるという。これについてRIA Novostiは以下のように報じている。
Russian gas giant Gazprom may participate in a tender to develop hydrocarbons on the southern shelf of Cyprus this spring, Georgiy Petrov, vice-president of Russia's Chamber of Commerce and Industry, said on Friday.

"There will be a tender this spring. We know that ... Gazprom is interested in participation in the tender. We would like to see the Russian companies with good experience in operations on the shelf at Cyprus," Petrov told reporters without saying if other Russian firms were going to bid for the shelf.

Petrov said at the sidelines of the forum that promising gas deposits were discovered in the Cypriot economic zone in the Mediterranean Sea.

Cypriot President Demetris Christofias said during the Russian-Cypriot investment forum that the country expected the Russian energy firms would be interested in shelf development.

2012年2月10日 RIA Novosti

CNOOCもまた、拡大傾向にある中国のエネルギー需要を満たすためにキプロスでのガス田開発並びに自国への輸出体制の構築に関心を示しているという。Shipping Heraldが以下のように報じている(注8)。
A Chinese state-owned oil and gas company is among several firms showing interest in investing in Cyprus' offshore natural gas field, the island's interior minister said Sunday.

Neoklis Sylikiotis didn't elaborate on what kind of investment CNOOC is looking to make. But Politis newspaper said the firm is looking to be a major player in building the infrastructure that would bring the gas to shore and process it for export and to possibly secure quantities of gas to feed China's growing energy demand.

Last month, Cyprus launched a second licensing round for more offshore exploratory drilling.

"It's significant that after Noble confirmed its findings in Bloc 12, interest in the other blocs is growing," Sylikiotis said.

In December, U.S. firm Noble Energy announced the discovery of an estimated 5-8 trillion cubic feet (140-230 billion cubic meters) of gas inside one of 13 blocks that together make up the island's 19,700-square-mile (51,000-square-kilometer) exclusive economic zone off its southern coast.

2012年3月5日 Shipping Herald

このように天然ガス等を誘い水としてイスラエル、ロシア、中国の関心を引き付けつつあるキプロスだが、これによって一番割を食う形となるのは従来より同国と長年の対立関係にあるトルコであろう。何故なら、キプロスがガスを梃にロシア、中国、イスラエルといった強国との関係強化を進めていけばいくほど、東地中海の海洋権益や北キプロス問題といった対立点においてトルコの「軍事圧力」カードの有用性は低下することになると考えられるからである(注9)。

最近ではトルコ政府要人の口から「北キプロス併合案」なる言葉も飛び出している。キプロスのみならず、ギリシャやEU、NATOとの関係を考えれば、トルコがその言葉を実行に移す可能性は極めて低いものと推測されるが、前述のようなキプロスの動向を頭に入れて聞いてみると、トルコがキプロスに対してかなり苛立ちを強めていることが当該発言からは読み取れよう。


注釈
注1.東地中海で活発化するガス田開発を睨んだ時、今までロシアに利用が認められてきたタルトゥース港がシリア動乱でもし仮に反アサド派が勝利した場合にどうなるのか、従来通りロシアの利用が認められるのか、それともロシアが追い出されてトルコ等他の国の海軍に開放されるのか、外国軍による利用が一律に禁止されることになるのか、実に興味深い。
注2.ロシア(旧ソ連地域)におけるユダヤ人の居住は、中世まで遡ることができるが、そこでもやはり「異教徒」ユダヤ人に対する偏見や差別・弾圧が苛烈なものがであったことは他の欧州諸国と同様であった。やがて19世紀後半に入ってロマノフ朝の屋台骨が揺らぎ国内情勢が不安定化してくると、統治機構への不満を他に逸らしたいロマノフ朝政府の意向もあってユダヤ人に対する襲撃や略奪、所謂「ポグロム」が頻発するようになる。これを受けて多くのユダヤ人たちがより差別の少ない米英等に逃避するのだが、一方でロマノフ朝打倒と社会変革を目指して革命運動に身を投じる者もあらわれた。これがトロッキーを始めとしてロシア革命初期の要人にユダヤ系の人物が多く認められることの背景である。だが、彼らの多くがスターリン体制確立に至る政争や粛清で葬り去られたこともあり、ソビエト連邦の成立後もユダヤ人の待遇はさほど改善されず、遠くシベリア、アムール川流域の沼沢地に「ユダヤ自治州」が設けられたのが事例として目立つだけであった。こうしたソ連在住ユダヤ人の窮状に対し、米国に移住したユダヤ人たちは合衆国政府・議会に対して事態改善に向けた働きかけを強め、遂に1974年、ソ連を名指しこそしないものの、米国通商法に「移民の自由を認めない国々に対する最恵国待遇の供与等を制限する」旨のジャクソン・バニク修正条項を追加することに成功する。これがソ連という鉄の堤に開いた蟻の一穴となってソ連から米国やイスラエルへのユダヤ移住者が増加し、その移住の流れは1991年のソビエト連邦崩壊によって更に加速されることになるのである。なお、ロシアからイスラエル等に移住したユダヤ人たちは宗教やその他価値観において保守的な考えを持つ者が多く、それがイスラエル政界の主要な対立軸が従来の「労働党vsリクード」からより右寄りの「カディマvsリクード」へと移行する一助になったともされる。
注3.注2でも触れたようにより平和で豊かな新天地を求めて多くのユダヤ人がロシア・ソ連から他国へと移住したが、一方でそれをせず、やがて訪れたソビエト連邦崩壊の混乱の中で上手く立ち回って巨富を掴んだ者もいる。2010年にイスラエルとロシアとの間で長期的な軍事協力に関する枠組み合意文書が調印された背景にも、一因として、そうしたロシアにおけるユダヤ人成功者たちの影響力があったとされる。
注4.他にイスラエルとロシアの協力関係については、y net newsが報じた2012年2月28日「WikiLeaks: Russia gave Israel codes for defense system sold to Iran」という記事も興味深い。
注5.具体例として、経済面では、当該ブログ第四百四十九段「アカバ湾一帯の交通インフラ整備計画」でも取り上げたエイラート-テルアビブ鉄道計画への中国国営企業の参画、イスラエル政府が中国政府の農業節水事業に3億ドルを投資といった事例があり、軍事面では(若干古くなってしまうものの)、90年代にロシア製早期警戒管制機A-50にイスラエル製のファルコン・レーダーシステムを搭載させたものを中国が購入しようとするも米国の圧力で失敗した事例、中国の新型戦闘機J-10の開発にイスラエルがかつて進めた「ラビ戦闘機開発計画」の技術が転用されているという観測(ただし、中国政府はこれを否定している)等が挙げられる。
注6.ただし、ガスプロムもCNOOCも自国政府と関係が強い国営企業であると同時に、株主・投資家の目を気にせざるを得ない上場企業でもあり、その行動には政府の意向のみならず、ビジネスとして有望か否かという点も大きな影響を与えていることには注意したい。
注7.もし仮に、今後CNOOCその他中国国営企業がキプロスでの天然ガス採掘やLNGプラント建設・運営に乗り出したとすれば、その事は、中国にとって東地中海から紅海・アデン湾を抜けてインド洋に抜けるルートの重要性がより増すことを意味するだろう。
注8.なお
CNOOCがキプロスでのガス採掘の他、LNGプラントの建設・運営にも関心を示していることは、defencegreece.com2012年3月6日「China eyes Cyprus LNG plant」でも報じられている。
注9.ある問題でトルコがキプロスに圧力をかけようとして軍を展開させようとした時、その展開予定地域のすぐ近くでイスラエル軍が目を光らせ、更にガスプロムやCNOOCのガス採掘施設が操業している状態を想像すると、トルコが軍事圧力を行使することの困難さがより実感できるかもしれない。


参考資料
・defencegreece.com 「China eyes Cyprus LNG plant」 3月6日
・GLOBES 「Gov't seeks Chinese aid to build Eilat railway」 2012年1月25日
・JOGMEC  「イスラエル・キプロスにおける大規模ガス発見と東地中海地域を取り巻く情勢」 2011年11月25日
・RIA Novosti 「Gazprom May Bid for Cypriot Shelf in Spring」 2012年2月10日
・Shipping Herald 「Chinese interest in Cyprus' offshore natural gas field」 2012年3月5日
・y net news 「WikiLeaks: Russia gave Israel codes for defense system sold to Iran」 2012年2月28日
・廣瀬陽子 「ロシアとイスラエルの軍事協力~背景と影響」 2010年9月15日
・新華社 イスラエル政府が中国の農業節水事業に3億米ドルを融資」 2012年3月2日
・野口哲也 「中東の窓 ロシア系移民に関するクリントン発言とそれに対する反発」 2010年9月23日
・同上 「中東の窓 トルコ・キプロス共和国の併合?」 2012年3月5日

2012年3月3日土曜日

第四百四十九段 アカバ湾一帯の交通インフラ整備計画

最近、紅海北端のアカバ湾一帯で大きな交通・物流インフラ整備の計画が持ち上がっている。

アカバ湾の北側を見れば。イスラエルが同湾に面した港湾都市エイラートとテルアビブとを繋ぐ高速鉄道整備計画をぶち上げている。同国のビジネス紙GLOBESは以下のように報じている。
Collaboration with China is the Israeli government's preferred solution for building the high-speed railway to Eilat. Last night, Minister of Transport Israel Katz sent to Prime Minister Benjamin Netanyahu the proposal, which will probably be submitted to the cabinet for approval on Sunday. The proposal includes special legislation to expedite the project's complex planning procedures in the same way that was done for Road 6 (the Yitzhak Rabin Highway toll road).

The proposal calls for a team headed by Prime Minister's Office director general Harel Locker to recommend, within 90 days, the best alternative for building the railway. The three options are the Chinese option, a private franchisee, or the state budget.

The Ministry of Finance will probably object to financing the project from the budget. The project's preliminary cost estimate is NIS 7 billion, just for laying the rail, and could go as high as NIS 30 billion, including rolling stock, double tracking the line, electrification, and peripheral equipment.

The option of a private franchisee under a BOT (build, operate, transfer) project, as was done for Road 6, would probably be found to be economically unfeasible.

The Chinese option is based on a government-to-government agreement, with construction going to a Chinese government company. The Ministry of Transport believes that such an agreement will render the need for a tender unnecessary.

Netanyahu has called to shorten travel time on the future railway between Tel Aviv and Eilat to two hours from two and a half hours, and said that the railway was of great strategic importance to the country.

Katz recently visited China as a guest of China's Minister of Transport, and was impressed by the ministry's contracting arm China Communications Construction Company Ltd. Sources inform ''Globes'' that Israel's Ministry of Transport has already prepared a memorandum of understanding (MOU) for its Chinese counterpart, if the cabinet approves the Chinese option.

A Ministry of Transport team has toured the planned route of the Eilat railway. It is assumed that without special legislation, the planning and licensing procedures for the line could take years. The 240-kilometer line from Dimona will include a long tunnel from the Negev plateau to the Arava Valley. To meet Netanyahu's travel time, the train will have to travel 230 km/h along the Arava.

Shaul Bitterman, who represents Chinese government companies in Israel, told "Globes" that a delegation from China's Ministry of Transport is due to visit Israel in February to study the project's details.

2012年1月25日 GLOBESより

テルアビブ-エイラート鉄道計画については他にインドのビジネス紙Business Lineも報じており、そちらも参照すると、イスラエル政府は当該鉄道を将来的には地中海沿岸まで延伸してスエズ運河を補完する物流インフラとして育てたいようだ(注1)。そんな案件に中国国営企業が関与するというのもまた、極めて興味深い所である。

そして南側を見ると、エジプトとサウジアラビアの間で、同湾の入り口に当たるチラン海峡を跨ぐ架橋計画が浮上している(正確に言えば、1980年代に両国間で議論された計画の再浮上である)。同架橋計画についてロシアの国営通信社Novostiは以下のように伝えている。
Transport ministries of Saudi Arabia and Egypt will begin working out the details of a project to build a bridge across the Tiran Strait at the entrance of the Red Sea Gulf of Aqaba in the near future, Arab media have reported, quoting the Saudi ministry.

In a renewed bid to forge closer ties and boost bilateral trade and investment, the two countries have agreed to reanimate the project which was first discussed in the mid 1980s, but has since been shelved, reports said.

The 50-kilometer land-sea bridge would allow for travelling between the two countries in just 20 minutes. It would become an alternative route to seaways and airways for more than 1.5 million Egyptians and about 750,000 Saudis who visit each other every year, experts say.

The bridge would also serve as gateway for exports and imports between Egypt and Saudi Arabia’s regional neighbors.

The construction of the bridge, to be named after Saudi King Abdullah bin Abdul Aziz al-Saud, is planned to begin in mid-2013. The project is estimated to cost about $3 billion.

2012年3月2日 RIA Novostiより

エジプトにとってチラン海峡沿岸部が、リゾート地として有名なシャルム・エル・シェイクが存在し、その周辺にはダイビングスポットが広がるという同国有数の外国人向け観光地帯であることは有名だが、他方で中東現代史を振り返ると、同海峡一帯はイスラエル・エイラート港を目指す船舶の航行の自由やそれに対するエジプト等アラブ諸国の妨害を通じて数次にわたる中東戦争の一因ともなってきた地域でもあり、現在にあっては、同港を起点とした新たな物流・交通網整備にイスラエル政府が強い関心を示していることは前述した通りである。そんなセンシティブな場所にエジプトとサウジによる架橋計画が持ち上がったのである。
また、当該架橋計画についてはエイラートやヨルダン・アカバ港を目指す大型船舶の航行への影響、ダイビングスポット等に対する環境面での影響といった課題が浮上してくるであろうことは想像に難くない(注2)。

これらの各要素を踏まえ、周辺国はエジプトとサウジのチラン海峡架橋計画にどういった反応を見せるのだろうか? ひょっとしたらそれはイスラエルやサウジ、エジプト、ヨルダンといった国々の関係を黙示する一つの指標となるのかもしれない(注3)。

注釈
注1.イスラエルのテルアビブ-エイラート鉄道計画についてのBusiness Lineの報道は2012年2月6日「Israel approves Red-Med train link」を参照のこと
注2.そんな当該架橋計画の実現に当たっては、推進国たるエジプトやサウジの将来的な政治的経済的安定性が最大の課題となるであろう。特にエジプトのそれが・・・・
注3.確たる根拠があるわけではないが、アカバ湾南北で進む大型開発プロジェクトを見比べると、ムバラク政権崩壊後のエジプトを巡って、今後情勢が不安定化の一途を辿ってその悪影響がスエズ運河にも及ぶと判断したイスラエル、対照的に、ペルシャ湾岸でイランと対峙する上で後背に当たるエジプトの混乱を大型開発や財政支援等で最小限に抑えて同国を復興というか安定軌道に乗せようと試みるサウジという構図があるように思えるのは気のせいか?


参考資料
・Business Line 「Israel approves Red-Med train link」 2012年2月6日
・GLOBES 「Gov't seeks Chinese aid to build Eilat railway」 2012年1月25日
・RIA Novosti 「Egypt, Saudi Arabia Revive Red Sea Bridge ProjectEgypt, Saudi Arabia Revive Red Sea Bridge Project」 2012年3月2日
・アブラハム・ラビノビッチ 「ヨムキプール戦争全史」 2008年12月 並木書房 滝川義人訳