2012年3月10日土曜日

第四百五十段 キプロスで交差するイスラエル、ロシア、中国の動向

世の人付き合いのあり方というものを考えてみると、恋愛、友好、憎悪、対立、打算、その他色々な形態が頭に浮かぶものである。それは国と国との関係においても大体同じようなことが言えると思うのだが、その中でもイスラエル、ロシア、中国の関係の複雑さは目を引くものがある。

如何なることかというと、ロシアや中国は、イスラエルに対して敵対的な姿勢を保持するイランやシリア(アサド親子政権)に対して友好的な態度をとってきた。
例を挙げていくと、王制時代から計画はあったもののイスラム革命によって西側の援助を得ることが困難となって苦境に立たされたイランの原発建設に対してロシアが技術的な支援を与えてきたこと、ロシアにとってシリアがソ連時代以来兵器売却の主要顧客の一つであると同時にシリアがソ連・ロシア海軍にタルトゥース港を地中海における拠点として利用するのを認めてきたこと(注1)、そして中国もまた、シリアやイランが核開発や国内の人権状況等について西側諸国から非難を加えられた時には、国連をはじめとした様々な外交舞台でシリア、イラン擁護の立場をとってきたこと等は昨今のイラン核開発問題やシリア動乱を巡る各種報道でお馴染みのものであろう。

以上の例だけを見るとイスラエルにとって中露両国は敵側、やや穏便な言い方をすれば利敵的立場に立っているようだが、一方で中露は共に北コーカサスや新疆といったイスラム教徒が多数居住する地域を支配下に置いている関係からイスラム過激派の勢力伸長やテロ活動に神経を尖らせており、この点ではイスラエルとも利害が一致している。また、ロシアはイスラエルとの間にロシア系ユダヤ人を通じた深い因縁も有している(注2)。こうした事情を背景にイスラエル、ロシア、中国の三国は、ある分野では対立しつつも別の分野では陰に陽に協力の動きを見せてきた(注3)(注4)(注5)。

そんな三国の動向が、東地中海に浮かぶ国キプロスで交差している。三国の思惑を惹き付け、交差させる磁場となっているのが同国におけるガス田の存在である。
海底ガス田の開発や電力供給を中核としたキプロスとイスラエルとの関係強化は当該ブログ四百四十五段「ネオ・オスマン朝vsネオ・ビザンツ-十字軍国家?」でも取り上げたので割愛するが、ここにきてロシア・ガスプロム及び中国CNOOCもキプロス・ガス田に熱い視線を送っていると言う報道が続いているのだ(注6)(注7)。

ガスプロムは、今年春にもキプロス南部で海底ガス田の開発に乗り出す計画であるという。これについてRIA Novostiは以下のように報じている。
Russian gas giant Gazprom may participate in a tender to develop hydrocarbons on the southern shelf of Cyprus this spring, Georgiy Petrov, vice-president of Russia's Chamber of Commerce and Industry, said on Friday.

"There will be a tender this spring. We know that ... Gazprom is interested in participation in the tender. We would like to see the Russian companies with good experience in operations on the shelf at Cyprus," Petrov told reporters without saying if other Russian firms were going to bid for the shelf.

Petrov said at the sidelines of the forum that promising gas deposits were discovered in the Cypriot economic zone in the Mediterranean Sea.

Cypriot President Demetris Christofias said during the Russian-Cypriot investment forum that the country expected the Russian energy firms would be interested in shelf development.

2012年2月10日 RIA Novosti

CNOOCもまた、拡大傾向にある中国のエネルギー需要を満たすためにキプロスでのガス田開発並びに自国への輸出体制の構築に関心を示しているという。Shipping Heraldが以下のように報じている(注8)。
A Chinese state-owned oil and gas company is among several firms showing interest in investing in Cyprus' offshore natural gas field, the island's interior minister said Sunday.

Neoklis Sylikiotis didn't elaborate on what kind of investment CNOOC is looking to make. But Politis newspaper said the firm is looking to be a major player in building the infrastructure that would bring the gas to shore and process it for export and to possibly secure quantities of gas to feed China's growing energy demand.

Last month, Cyprus launched a second licensing round for more offshore exploratory drilling.

"It's significant that after Noble confirmed its findings in Bloc 12, interest in the other blocs is growing," Sylikiotis said.

In December, U.S. firm Noble Energy announced the discovery of an estimated 5-8 trillion cubic feet (140-230 billion cubic meters) of gas inside one of 13 blocks that together make up the island's 19,700-square-mile (51,000-square-kilometer) exclusive economic zone off its southern coast.

2012年3月5日 Shipping Herald

このように天然ガス等を誘い水としてイスラエル、ロシア、中国の関心を引き付けつつあるキプロスだが、これによって一番割を食う形となるのは従来より同国と長年の対立関係にあるトルコであろう。何故なら、キプロスがガスを梃にロシア、中国、イスラエルといった強国との関係強化を進めていけばいくほど、東地中海の海洋権益や北キプロス問題といった対立点においてトルコの「軍事圧力」カードの有用性は低下することになると考えられるからである(注9)。

最近ではトルコ政府要人の口から「北キプロス併合案」なる言葉も飛び出している。キプロスのみならず、ギリシャやEU、NATOとの関係を考えれば、トルコがその言葉を実行に移す可能性は極めて低いものと推測されるが、前述のようなキプロスの動向を頭に入れて聞いてみると、トルコがキプロスに対してかなり苛立ちを強めていることが当該発言からは読み取れよう。


注釈
注1.東地中海で活発化するガス田開発を睨んだ時、今までロシアに利用が認められてきたタルトゥース港がシリア動乱でもし仮に反アサド派が勝利した場合にどうなるのか、従来通りロシアの利用が認められるのか、それともロシアが追い出されてトルコ等他の国の海軍に開放されるのか、外国軍による利用が一律に禁止されることになるのか、実に興味深い。
注2.ロシア(旧ソ連地域)におけるユダヤ人の居住は、中世まで遡ることができるが、そこでもやはり「異教徒」ユダヤ人に対する偏見や差別・弾圧が苛烈なものがであったことは他の欧州諸国と同様であった。やがて19世紀後半に入ってロマノフ朝の屋台骨が揺らぎ国内情勢が不安定化してくると、統治機構への不満を他に逸らしたいロマノフ朝政府の意向もあってユダヤ人に対する襲撃や略奪、所謂「ポグロム」が頻発するようになる。これを受けて多くのユダヤ人たちがより差別の少ない米英等に逃避するのだが、一方でロマノフ朝打倒と社会変革を目指して革命運動に身を投じる者もあらわれた。これがトロッキーを始めとしてロシア革命初期の要人にユダヤ系の人物が多く認められることの背景である。だが、彼らの多くがスターリン体制確立に至る政争や粛清で葬り去られたこともあり、ソビエト連邦の成立後もユダヤ人の待遇はさほど改善されず、遠くシベリア、アムール川流域の沼沢地に「ユダヤ自治州」が設けられたのが事例として目立つだけであった。こうしたソ連在住ユダヤ人の窮状に対し、米国に移住したユダヤ人たちは合衆国政府・議会に対して事態改善に向けた働きかけを強め、遂に1974年、ソ連を名指しこそしないものの、米国通商法に「移民の自由を認めない国々に対する最恵国待遇の供与等を制限する」旨のジャクソン・バニク修正条項を追加することに成功する。これがソ連という鉄の堤に開いた蟻の一穴となってソ連から米国やイスラエルへのユダヤ移住者が増加し、その移住の流れは1991年のソビエト連邦崩壊によって更に加速されることになるのである。なお、ロシアからイスラエル等に移住したユダヤ人たちは宗教やその他価値観において保守的な考えを持つ者が多く、それがイスラエル政界の主要な対立軸が従来の「労働党vsリクード」からより右寄りの「カディマvsリクード」へと移行する一助になったともされる。
注3.注2でも触れたようにより平和で豊かな新天地を求めて多くのユダヤ人がロシア・ソ連から他国へと移住したが、一方でそれをせず、やがて訪れたソビエト連邦崩壊の混乱の中で上手く立ち回って巨富を掴んだ者もいる。2010年にイスラエルとロシアとの間で長期的な軍事協力に関する枠組み合意文書が調印された背景にも、一因として、そうしたロシアにおけるユダヤ人成功者たちの影響力があったとされる。
注4.他にイスラエルとロシアの協力関係については、y net newsが報じた2012年2月28日「WikiLeaks: Russia gave Israel codes for defense system sold to Iran」という記事も興味深い。
注5.具体例として、経済面では、当該ブログ第四百四十九段「アカバ湾一帯の交通インフラ整備計画」でも取り上げたエイラート-テルアビブ鉄道計画への中国国営企業の参画、イスラエル政府が中国政府の農業節水事業に3億ドルを投資といった事例があり、軍事面では(若干古くなってしまうものの)、90年代にロシア製早期警戒管制機A-50にイスラエル製のファルコン・レーダーシステムを搭載させたものを中国が購入しようとするも米国の圧力で失敗した事例、中国の新型戦闘機J-10の開発にイスラエルがかつて進めた「ラビ戦闘機開発計画」の技術が転用されているという観測(ただし、中国政府はこれを否定している)等が挙げられる。
注6.ただし、ガスプロムもCNOOCも自国政府と関係が強い国営企業であると同時に、株主・投資家の目を気にせざるを得ない上場企業でもあり、その行動には政府の意向のみならず、ビジネスとして有望か否かという点も大きな影響を与えていることには注意したい。
注7.もし仮に、今後CNOOCその他中国国営企業がキプロスでの天然ガス採掘やLNGプラント建設・運営に乗り出したとすれば、その事は、中国にとって東地中海から紅海・アデン湾を抜けてインド洋に抜けるルートの重要性がより増すことを意味するだろう。
注8.なお
CNOOCがキプロスでのガス採掘の他、LNGプラントの建設・運営にも関心を示していることは、defencegreece.com2012年3月6日「China eyes Cyprus LNG plant」でも報じられている。
注9.ある問題でトルコがキプロスに圧力をかけようとして軍を展開させようとした時、その展開予定地域のすぐ近くでイスラエル軍が目を光らせ、更にガスプロムやCNOOCのガス採掘施設が操業している状態を想像すると、トルコが軍事圧力を行使することの困難さがより実感できるかもしれない。


参考資料
・defencegreece.com 「China eyes Cyprus LNG plant」 3月6日
・GLOBES 「Gov't seeks Chinese aid to build Eilat railway」 2012年1月25日
・JOGMEC  「イスラエル・キプロスにおける大規模ガス発見と東地中海地域を取り巻く情勢」 2011年11月25日
・RIA Novosti 「Gazprom May Bid for Cypriot Shelf in Spring」 2012年2月10日
・Shipping Herald 「Chinese interest in Cyprus' offshore natural gas field」 2012年3月5日
・y net news 「WikiLeaks: Russia gave Israel codes for defense system sold to Iran」 2012年2月28日
・廣瀬陽子 「ロシアとイスラエルの軍事協力~背景と影響」 2010年9月15日
・新華社 イスラエル政府が中国の農業節水事業に3億米ドルを融資」 2012年3月2日
・野口哲也 「中東の窓 ロシア系移民に関するクリントン発言とそれに対する反発」 2010年9月23日
・同上 「中東の窓 トルコ・キプロス共和国の併合?」 2012年3月5日