2012年5月31日木曜日

第四百六十一段 海のグレート・ウォール

2012年5月25~26日に沖縄県名護市にて太平洋島嶼国・地域の首脳を集めた第6回島サミットが開催されたが、その意義として日本の各マスコミは「中国牽制」という側面に注目してこれを伝えた。

その背景には、近年の急速な経済成長を原資に中国が海空軍の近代化・増強を進めて武断的な海洋権益拡大スタンスを採るようになってきたこと、そして各島嶼国への活発な経済援助や移民の拡大を通じて長らく「ANZUSの湖」であった南太平洋での存在感を高めつつあることがある。

こうした中国の参入によって風貌を変えつつある南太平洋のパワーバランスについて、アジア経済研究所が編集・発行している月刊誌「アジ研 ワールド・トレンド」の2012年3月号に大変興味深いレポートが掲載されている。

「浮上せよ! 太平洋島嶼諸国 ―海洋の「陸地化」と太平洋諸島フォーラムの21世紀」と題されたそれについて、個人的に特に強く興味・関心をそそられた個所を抜粋すると、以下のようになる(中略及び赤太字化は当ブログ著者による)。

メラネシア三国(当ブログ著者注:パプアニューギニア、ソロモン諸島、バヌアツのこと)は、一九八八年三月、メラネシアン・スピアヘッド・グループ(MSG:メラネシア急先鋒グループ)を結成した。後にフィジーも加わり、メラネシア急先鋒グループは南太平洋フォーラム(当ブログ著者注:太平洋島嶼国及び豪、NZによって構成される地域機構)内の自立派として豪・NZのアンザス二国と対決してゆく。
・・・・(中略)・・・・
二一世紀に入ると、中国と太平洋の島嶼諸国の貿易は加速度を加え、年率三〇%の勢いで増大し続け、二〇〇一年に九一〇〇万米ドル(七二億円)であった貿易額は、二〇〇八年には一〇億米ドル(八〇〇億円)へと、一一倍にも増大したのだ。(Fijilive,2010.7.20)
これは、太平洋島嶼国のアメリカ、日本、EUとの貿易額を上回るばかりか、域内大国オーストラリアとの貿易額一億五〇〇〇万米ドル(一二〇億円)の六倍以上である。
すなわち、太平洋における中国の経済的プレゼンスはアンザス三国を完全に上回った!
・・・・(中略)・・・・
豪を北から東へぐるりと取り囲むメラネシア急先鋒グループが豪に離反すれば、豪はアメリカから完全に遮断されるのだ。
・・・・(中略)・・・・
最後に、中国が二一世紀に入って、集中豪雨的に援助を与えた国の名を挙げておこう。
東からクック諸島、トンガ、フィジー、パプアニューギニア、東チモール。
・・・・(中略)・・・・
中国にとってフィジーは「アンザスの湖」に打ちこんだ戦略的楔。ここにミサイル基地を配備すれば、オバマが宣言したポート・ダーウィンの海兵隊及びミサイル基地を背後から封殺できる。


当該レポートを読んでいてふと思ったのだが、もし仮に当該レポートで指摘されているメラネシア急先鋒グループにおける中国の軍事的プレゼンス確立の可能性が現実のものとなり、そこに加えて中国がフィリピンを屈服させる形で南シナ海の支配権をも手中に収めた場合、以下の地図に示すように、ベトナム沖合から南太平洋まで東西に延びる帯状の中国勢力圏、まさに「海のグレート・ウォール」が登場することになる。




もしこの「海のグレート・ウォール」が現実のものとなったなら、どのような事態を惹起することになるかを考えると、「浮上せよ! 太平洋島嶼諸国 ―海洋の「陸地化」と太平洋諸島フォーラムの21世紀」が指摘する米豪ラインの分断は無論のこと、米豪にとって重要な安全保障上のパートナーたる日韓と一大資源供給地たる中東や豪州とを繋ぐ海路にも中国の鋭い匕首が突きつけられることになる。この匕首の恐怖は日韓両国内において「米国につくか、中国につくか」という議論をより先鋭化させ、超党派的な安定した外交政策の実現を一層困難なものとし、中国の現状変更的な対外活動により多くのチャンスを提供することになるだろう(この辺り、当ブログの関連段として第四百五十九段第三百六十一段も御参照頂きたい)

参考資料
・塩田光喜・黒崎岳大 アジ研ワールドトレンド2012年3月号「浮上せよ!太平洋島嶼諸国」 2012年3月 アジア経済研究所
・日本外務省 「第6回太平洋・島サミット We are Islanders ~広げよう、太平洋のキズナ~」
・毎日新聞 「島サミット:海洋安保、中国にらみ…米の初参加で再構築」 2012年5月26日

改訂
・2013年5月23日、地図が小さいのでよりサイズの大きなものに差し替え

2012年5月30日水曜日

第四百六十段 ウクライナ外交を一皮むくとクリミア・ハン国が出てくる

ウクライナという国がある。地理的にはEUとロシアの境界地帯にあり、CIS諸国の中ではロシアに次ぐ人口や国民総所得を有し、鉄鉱石や石炭に恵まれていることを背景に重化学工業が早くから発展してきた他、肥沃な黒土地帯もあって農業も盛んという国である。
そんなかの国の外交政策は、親欧米と親露のせめぎ合いという形で一般に報じられ、その背景としては、前述の地理的配置と共に、かつてポーランド・リトアニアやオーストリアの支配下にあった歴史から親西側志向を有する西部地域とモスクワとの親露志向を有する東部地域との地域対立が語られる。

だがしかし、東部地域を主要な支持基盤とするヤヌコヴィッチ現政権や過去のクチマ政権もまた、広く報じられた「親露派」という見方にはそぐわず、エネルギーや安全保障等の諸分野でEUやNATO、米国との協力関係を維持又は強化している一方、ガス価格等やガス・パイプライン敷設等といった従来からウクライナ-ロシア間で対立が生じがちであった問題でも決して唯々諾々とロシアの”指示”に従っているわけでもない(注1)。
流石に欧米のNGOの強い支援を受けた政変劇(所謂「オレンジ革命」)で権力を掌握したユシチェンコ前政権ほど欧米一辺倒な外交姿勢ではないが、「親露派」というレッテルから一般に想像されがちな「ロシアと手を結んで欧米と対立」という姿とはかなりかけ離れた位置にある(あった)のがヤヌコヴィッチ現政権や過去のクチマ政権なのである。

このようなウクライナの外交姿勢を見ると、同国の外交スタンスについて一般に語られがちな「西と東の対立」というファクターはあまり重要性を有しないのではないか。寧ろウクライナ外交の骨格を掴みたいのならば、普段注目を集めないクリミア半島を中心とした南部地域の歴史に目を向ける必要があるのではないかと考えられる。

ではウクライナ南部地域は如何なる歴史を歩んできた地域なのかというと、そこはポーランド・リトアニアやオーストリアに属した西部地域ともモスクワ政権の影響力が強かった東部地域とも大きく異なり、モンゴルの英雄チンギス・ハンの長子ジョチの子孫を王家として頂くモンゴル帝国の後裔国家の一つであり、隣接する中東や中央アジアの影響でイスラム教やトルコ系文化が栄えたクリミア・ハン国によって18世紀後半まで統治されていた地域であった(注2)。

そのクリミア・ハン国は、黒海を挟んで対岸のアナトリア・バルカンを押さえるオスマン朝と結び(注3)、東のモスクワ大公国(後にロマノフ朝)とはウクライナ草原とボルガ川下流域の支配をかけて争い(注4)、西のポーランド・リトアニアとはモスクワ大公国を牽制するため同盟を結ぶという一種の「遠交近攻」外交を展開することで、往時の東欧国際政治における有力プレーヤーの一角を占め続けた
だが18世紀後半になり、競争相手たるモスクワの強大化と提携相手であったポーランド・リトアニアやオスマン帝国の弱体化によってこの「遠交近攻策」が通用しなくなると、クリミア・ハン国はその独立を失ってロマノフ朝ロシアの支配下に組み込まれたのである。

以上の「クリミア・ハン国が展開した外交と現在のヤヌコヴィッチ現政権の外交――「親露派」とされる割にはロシア一辺倒ではなく寧ろ安全保障やエネルギーといった国の独立に大きな影響を及ぼす分野では米国やNATO、EU、更にはトルコやアゼルバイジャンとの協力関係強化に積極的――を見比べた時に気付かされる両者の相似は、「西や南の勢力と結んでモスクワに対抗する」ことこそが現在ウクライナと呼ばれている地域に位置する国家が独立を維持していく上で奏でなければならない主旋律であり、「親露か否か」というのはその中でのささやかな揺らぎ、アドリブに過ぎないことを物語っているのではないか。





そして西や南との連携が効果を失うと同時に独立をも失ったクリミア・ハン国の末路は、米国やEU等からの支援・協力を失うことがウクライナという国家において何を意味するのかを黙示するものだと言えよう。

注釈
注1.寧ろクチマ政権時代を見れば、ウクライナ自身がEUや米国にすり寄ったにもかかわらず、西側的価値観に必ずしも一致しない当該政権の在り様をEUや米国の側が「強権的支配」「腐敗」といった言葉で非難してはねつけ、かの国をロシア側に走らせてしまったという事例も珍しくなかった。また、ヤヌコヴィッチ政権も2010年9月にブリュッセルを訪問して将来的なEU加盟の可能性も含めた協議をEU当局と行っている他、11月にNATOが地中海で展開中の「対テロ作戦」に自国海軍を参加を決定し(ロシアは7月に当該作戦への協力を中止していた)、一方でロシアとの国境線問題では自国国益を損なってまで国境画定に進む意思はないことを表明している。
注2.なおクリミア半島を中心としたクリミア・ハン国の領域がロシア(ロマノフ朝)の支配下に組み込まれたのは1783年からである。世界史で言えばジョージ・ワシントンがアメリカ合衆国初代大統領就任やフランス革命勃発があるあたり、日本史で言えば田沼意次が失脚して松平定信による寛政の改革が行われるあたりである。
注3.クリミア・ハン国は15世紀後半の王位を巡る内紛がもとでメフメト2世率いるオスマン帝国の従属下に入ったが、この従属はかなり名目的なもので、1502年に宗家ともいうべきジョチ・ウルスの都サライを陥落させてこれを滅亡に追い込み、ポーランド・リトアニアとモスクワ大公国が戦ったリヴォニア戦争では前者に与して1571年にモスクワを焼き払うといった具合に、クリミア・ハン国は依然として当時の東欧国際政治における独自の有力勢力であり続けた。なお15世紀後半クリミア・ハン国君主のメングリ・ギレイは自身の娘をオスマン帝国君主セリム一世の後宮に入れる一方、セリム一世の娘を息子サーデトの嫁に迎えるという通婚策をとっている。
注4.13世紀以来ロシアから中央アジア北部に至る広い領域を支配してきたジョチ・ウルスであったが、15世紀に入ると衰亡が愈々以て明らかとなり、従来の支配地は群雄割拠の様相を呈していく。
その中からクリミア・ハン国とモスクワ大公国がいわば二強として台頭し、両者はカザンやアストラハンといった他の割拠勢力に対する支配を巡って激しく対立することとなる。
注5.ウクライナ政府の対南外交ともいうべき動きとして最近報じられたものには、Strategic Defence Intelligenceの2012年3月14日「Ukraine, Turkey eyeing joint tank development with Azerbaijan」やNatural Gas Europeの2012年5月16日「Ukraine May Seek Interest in TANAP」等がある。

参考資料
・Natural Gas Europe 「Ukraine May Seek Interest in TANAP」 2012年5月16日
・NHK取材班 「大モンゴル3 大いなる都 巨大国家の遺産」 1992年9月 角川書店
・RIA Novosti 「Ukraine not to demarcate border with Russia at expense of national interests」 2010年8月26日
・同上 「Yanukovych to discuss Ukraine's EU entry bid in Brussels」 2010年9月6日
・同上 「Ukrainian warship joins NATO anti-terror operation in Mediterranean」 2010年11月7日
・Strategic Defence Intelligence 「Ukraine, Turkey eyeing joint tank development with Azerbaijan」 2012年3月14日
・W・E・D・アレン 「16世紀世界史におけるトルコ勢力の諸問題」 2011年8月 あるむ 尾高晋己訳

改訂
・2013年5月23日、地図が小さいのでよりサイズの大きいものに差し替え。

2012年5月10日木曜日

第四百五十九段 天気晴朗デモナク浪高シ

2011年3月11日の東日本大震災とそれに伴う福島第一原発事故をきっかけとしてエネルギー問題を巡る議論が盛り上がり、それと連動する形で石油・天然ガスの一大産地であるペルシャ湾の安定に「イラン核問題」が及ぼす影響に注目が集まる中、割にその文脈の中では等閑視されている、「間の海域」にまつわる話。

そもそも現在の日本国という国家の枠組みは、南関東から東海、近畿中央部、山陽を経て北九州に至る産業・人口集積地(所謂「太平洋ベルト」)で富を生み出し、それを中央政府が徴収してその他の地方に分配する(地方交付税交付金等の直接的な再分配以外に防衛等各種公共サービスに変換した形での再分配も含む)ことで維持されている。

そんな日本国にとっての造血器官ともいえる太平洋ベルトへの各種産業や人口の膨大な集積を可能としているのは、当該地域と中東や豪州、南米、北米といった天然資源・農産物の一大生産地とを結ぶ海路の存在である。この海路によってもたらされる物資がそこに住まう人々に豊かな食生活と快適な空調環境をもたらし、企業等の活発な経済活動を支えているのだ(注1)。
そして世界中の豊富な資源に十分にアクセスできない状態で日本列島に生きることがどういうことであるかは、食料を含む全ての生活必需品を列島内における自給で賄っていた江戸時代(特に人口が3000万人前後で頭打ちを迎える1700年以降)や米国の通商破壊作戦で資源供給地たる海外植民地・征服地との連絡を絶たれた太平洋戦争後半期の日本列島の在り様がこれ以上ないほどの雄弁さで物語っている(注2)。

「国際法の父」とも呼ばれる17世紀オランダの人グロティウスは著書「海洋自由論」の中で「海は国際的な領域であり、全ての国家は、海上で展開される貿易 のために自由に使うことができる」旨を主張した。この「海洋の自由」こそが現在日本国に生きる人々にとって文字通り死活的な要素であり、同時に日本国が日米安 全保障条約という形で世界中の海に決定的な影響力を及ぼしている米国と同盟を結んでいる根本的な理由なのである(注3)。

だが、日本と世界各地を結ぶ海路の現状は、決して「日米安保があるから大丈夫♪」と太平楽を決め込んでいられるほど安定したものではない。冒頭でも簡単に触れたが、原油の一大生産地であるペルシャ湾と外洋(ひいては日本)を繋ぐホラズム海峡の政治的不安定さは「イラン核開発問題」を巡る各種報道でも盛んに取り上げられた通りであるし、日本と欧州を繋ぐ最短航路についてもアデン湾やアラビア海・紅海ではソマリア等を根城とする海賊が依然として跋扈し続けている他、エジプト・スエズ運河もムバラク政権崩壊後の治安状況悪化に晒されている。更に言えばインド洋自体が、従来からの主役である米国、そして急速な経済成長を背景に政治的プレゼンスを拡大させ、空海軍力の近代化・増強に勤しんでいるインドと中国との間で新たな勢力均衡を模索する時期に差し掛かっているのだ。

斯様な事態の先行き不透明さは大洋の東側でもさして変わらない。

マラッカ海峡から北は台湾島にまで広がる南シナ海一帯を見れば、中国は急速な空海軍力の増強・近代化を背景に西沙・南沙諸島領有権問題で武断的振舞いを強めて他の領有権主張国との緊張を激化させ、ASEAN諸国に海軍戦力強化への強力な誘因を提供している。
他方で、米国は印中の台頭を最大の要因とするインド洋及び西太平洋地域のパワーバランス変化に対応するため、両大洋地域を「インド太平洋」という一つの戦略的まとまりとして捉え、その結節点ともいうべき位置にあるオーストラリアとの防衛協力を活発化させている(注4)。
ここで気になってくるのが、もう一つのインド洋・西太平洋結節点たるインドネシアの存在だが(注5)、同国もまた好調な経済成長と前述したような南シナ海一帯での緊張の高まりを背景に、韓国との潜水艦購入契約の締結、沿岸警備を名目とした高速ミサイル艇の増強、米国からのF-16戦闘機購入といった具合にハード面を中心とした防衛力の強化に勤しんでいる(注6)。一方で外交上の動きを見れば、南沙諸島問題では中国寄りの姿勢を採り、その中国とは防衛等5分野での二国間協力強化で合意したことも報じられた(注7)。インドネシアの地理的位置からして、この国の外交・安全保障上の重点が北京とワシントンのどちらに置かれるのかは、必然的にインド太平洋地域の勢力均衡に大きな影響を与えることになる(注8)。その意味でインドネシアと中国との接近を伝えるニュースが最近続くのは気になる所である。



次に視点をより北側の東シナ海とフィリピン海を中心とした海域、分かり易く図示すると大阪湾-南西諸島-バシー海峡、そして東京湾-硫黄島-グアム島をそれぞれ繋ぐ2本の線によって挟まれた、太平洋ベルトと世界中の市場・物資供給地とを繋ぐ日本国にとっての死活的重要海域海域に移すと、ここもまた中国の急速な強大化によって既存のパワーバランスが大きく揺さぶられている(注9)。
まず太平洋戦争終結後間もなく勃発した第二次国共内戦における蒋介石国民党政権の敗北とその台湾撤退以来当該海域の安全保障に大きな影を落としてきた台湾海峡だが、台北と北京との軍事バランスは後者有利の方向に傾き続け、更には台湾企業による中国本土への投資活発化を背景とした両者の相互依存関係も深化一辺倒となっており(注10)(注11)、台湾の戦略的転向がいつあってもそう不思議ではない状況となりつつある。
また琉球諸島近海では、宮古島-沖縄本島間の海域を主要航路とした中国海軍艦艇の西太平洋進出が活発化しているが(注12)、このことが日本国にとってどのような意味を持つのかは、以下の地図を見れば容易に想像がつこう(注13)。そして琉球諸島が明清朝に朝貢していた琉球王国時代から薩摩藩による征服、そして明治維新によって誕生した大日本帝国による「琉球処分」、太平洋戦争における沖縄戦と米国による占領統治といった歴史を背景に日本国において最も中央に対する遠心力が働き易い地域となっていることを踏まえた上で、そこに急速な経済成長によって周辺国を引き付ける強力な磁場と化した中国の影響力が作用し(注14)、日本国及びその同盟国たる米国が当該地域における軍事的プレゼンス(特に監視拠点や航空戦力の展開拠点)を失う又は大きく後退せざるを得なくなった事態を想定した時、中国と日本がそれぞれ享受することになるであろう結果も以下の地図から容易に見て取れよう。


以上述べてきたようにインド洋から西太平洋にかけての広大な海域で地域秩序や勢力均衡が再編の時期を迎えて流動化の度合いを強めつつある中、日本では去る5月5日深夜を以て原発全停止が現実のものとなった。この状態がいつまで続くのか、そしてそれがどういった正負の影響を及ぼすのか、現時点で断言できることは少ないが、短期的に見れば当該事象は日本にとって海路によってもたらされる化石燃料への依存度を強める効果があると考えられる。その海路を抱える大洋の政治的天候図がお世辞にも良好とはいえない状態での海外資源への更なる依存強化、果たして吉と出るのか凶と出るのか・・・・・?(注15)


注釈
注1.なお太平洋ベルトの人口は日本人口の約6割で大体7000万人強。明治初期の日本列島人口の2倍、1940年頃の大日本帝国内地における内地人人口総計に匹敵する数である。また経済面を見れば製造品出荷額等の約7割が当該地域で生み出されている。
注2.流石に「人肉相食む」窮状を呈した江戸三大飢饉は事例としてやや極端だし古過ぎる感もあるが、それでも注1で述べた程度の人口で「日本本土だけでは増加する人口を養えないので、移民や海外植民地獲得を積極的に行うべき」という声が朝野で盛り上がり、「からゆきさん」が存在し、「石油の一滴は血の一滴」という言葉が比喩というにはあまりに生々しかった時代が過去150年の大半を占めていたのである。
注3.そんな日本の在り様を端的に言い表したのが、当ブログ第二百四十八段でも取り上げた米国ニミッツ提督の以下の言である。
日本は、強力な海上力を持つことによって、あるいは、大きな海上力を有する強力な同盟国と手を堅く握ることによってのみ、その生存と繁栄を続けることができる。

注4.米海兵隊の豪ダーウィン駐留開始については時事通信の2012年4月3日「第1陣200人ダーウィン到着=米海兵隊の豪駐留開始」やDefense Newsの2011年11月11日「U.S. Marines to Be Based in Darwin: Report」等を参照のこと。なお最近の米豪防衛協力強化については「東アジア戦略概観2012」が詳しい。
注5.インドネシアに接するマラッカ、ロンボク、スンダの三海峡が仮に閉鎖されてしまった場合、インド洋から日本に向かうにはオーストラリア南方を大 きく迂回する航路を利用することになる。その場合の影響について、海洋政策研究財団の秋元一峰主任研究員は2011年1月28日の講演会「東アジア海域 の海洋安全保障を巡る状況」において「ごく荒っぽい試算だが」という前置きをしつつ、石油タンカーを例に「航程は約2週間の増となり、それを埋め合わせる ためにタンカーは80隻の補充が必要となるだろう」という見積りを示している。これは中国や韓国、台湾にとっても他人事として済ませられない問題である。
注6.インドネシアの防衛力増強の動きについては、naval-technology.comの2011年6月7日「Indonesian Navy Requires Ten Submarines」、朝鮮日報(英語版)の2011年7月1日「Korea to Export Military Vessels to India, Indonesia」、Jakarta Postの2011年10月5日「Defense budget up by 35% next year」及び2012年1月5日「Navy to procure 24 fast boats to patrol shallow waters」、時事通信の2011年11月9日「インドネシアにF16売却=軍事支援で中国けん制-米」等をそれぞれ参照のこと。
注7.中国とインドネシアとの間の防衛分野等での協力合意についてはCRIENGLISH.comの2012年1月17日「China, Indonesia Seek Stronger Relations
を参照のこと。また南沙諸島問題を巡るインドネシアの動きについては「東アジア戦略概観2012」の第4章がまとまっていて便利である。インドネシアと中国との経済関係については、ジェトロ・アジア経済研究所の「インドネシアからみた対中国経済関係」が詳しい。
注8.その意味で、仮に日本が中国に海洋での振舞いについて自制と慎重さを求めようとするなら、直接北京にアーダコーダと文句を言うより、インドネシアとの友好・協力関係強化に動いた方がより効率的なのかもしれない。
注9.大阪湾-南西諸島-バシー海峡、そして東京湾-硫黄島-グアム島にそれぞれ線を引いて、2線に挟まれた海域を日本の守るべき海上交通路とする考え方は中村悌次氏(第11代海上幕僚長)らの構想に基づくとされ、それに因んで前述の2線は「中村ライン」とも呼ばれている。なお同ラインがそれぞれ中国海軍の近代化に尽力した劉華清提督(
「中国のマハン」とも呼ばれた)らが中心となって打ち出したコンセプト「第一列島線」及び「第二列島線」と殆ど一致していることにも注目されたい。
注10.2008年の台湾総統選で、中国との良好な関係を重視する一方、歴史認識や尖閣諸島問題では日本に厳しい考えを有する馬英九候補(当時)が勝利したこと、そして中台両軍の退役将校団(両者とも上将レベルを多数含む)による大陸でのゴルフ交流会の活発化も海峡情勢の今後を暗示するものと言えよう。なお当該ゴルフ交流会は対中ビジネスを手掛ける台湾企業の支援の下2001年から始まったが、その後、中国共産党統一戦線部や国務院台湾弁公室などの協賛・支援を集めるようになり、2006年からは広州軍区、2011年からは黄埔同学会がそれぞれ主催を務めている。
注11.「JBIC台湾経済レポート」2011年1月号によれば、台湾企業による中国大陸への投資総額は台湾当局の公式発表では941.3億ドルだが民間の非公式見解では1800億~2300億ドルにのぼるとされる。
注12.数は少ないが、大隅海峡や津軽海峡を通航して太平洋に出た例も存在する。これについては「平成23年度 防衛白書」の第2章3節における図表I-2-3-4「わが国近海における最近の中国の行動」がよくまとまっている。
注13.この2本の中村ラインに挟まれた海域で、米海軍が潜水艦等を利用した通商破壊作戦を繰り広げ、大日本帝国の戦争継続能力に大きな打撃を与えた時代からはまだ100年もたっていない。
注14.中国と沖縄との接近という意味では、現状でハイテク製造業が集積しているわけでもなく、それが近い将来に実現するかなり強固な見込みがあるわけでもない沖縄の日中友好協会が中国内モンゴル自治区の対外友好協会との間で「レアアース安定供給」に係る協力で合意したというのも非常に気になる動きである。
注15.ひょっとしたら今後様々な幸運が作用して、インド太平洋の情勢変動が日本のエネルギー事情に悪影響を与えることはないのかもしれない。ただし、世の中には大地震の襲来とそれに伴う原発停止に踏み切った後で国際情勢の急変により化石燃料の輸入が途絶してしまったアルメニアという不運な前例も存在する。

参考資料
・CRIENGLISH.com 「China, Indonesia Seek Stronger Relations」 2012年1月17日
・Defense News 「U.S. Marines to Be Based in Darwin: Report」 2011年11月11日
・Jakarta Post 「Defense budget up by 35% next year」 2011年10月5日
・同上 「Navy to procure 24 fast boats to patrol shallow waters」 2012年1月5日
・naval-technology.com 「Indonesian Navy Requires Ten Submarines」 2011年6月7日
・ジェトロ・アジア経済研究所 「インドネシアからみた対中国経済関係」 2012年3月23日
・阿川尚之 「海の友情 米海軍と海上自衛隊」 2001年2月 中央公論新社
・共同通信 「チャイナ・ウォッチ」 2011年11月4日
・同上 「レアアース安定供給へ事業協力 沖縄と中国で草の根外交」 2012年1月29日
・国立社会保障・人口問題研究所 「人口統計資料集(2012年度版)」
・時事通信 「インドネシアにF16売却=軍事支援で中国けん制-米」 2011年11月9日
・同上 「第1陣200人ダーウィン到着=米海兵隊の豪駐留開始」 2012年4月3日
・秋元一峰 「東アジア海域の海洋安全保障を巡る状況」配布資料 2011年10月28日
・朝鮮日報(英語版) 「Korea to Export Military Vessels to India, Indonesia」 2011年7月1日
・日本政策金融公庫 「JBIC台湾経済レポート」2011年1月号
・防衛省・自衛隊 「平成23年度版 防衛白書」
・防衛省防衛研究所 「東アジア戦略概観2012」 2012年3月30日

2012年5月5日土曜日

第四百五十八段 中東一帯の原発動向 追補

当ブログ第三百七十七段で取り上げた中東及びその周辺諸国の原発事情だが、その後、色々な動きが出てきたので、追補的なものを一つ・・・・。

アルメニア
同国の電力の約40%を賄いながらも、老朽化や地震への懸念から新原発と交代する形で2017年の閉鎖が予定されていたメツァモール原発2号機だが、肝心の新原発の完成予定が2020年にずれ込んだことを受け、その閉鎖予定もまた2020年まで延長されることとなった(注1)。
なおメツァモール原発隣接地に建設予定となっている新原発の建設コストは、アルメニアの年間国家予算のほぼ1.5倍となる45億ドル程度と見積もられており、協力相手であるロスアトムやその背後にいるロシア政府からの資金援助が重要な位置を占めている。
また、メツァモール原発2号機稼働延長にしろ新原発稼働開始にしろ、「使用済み核燃料をどうするか?」という問題は避けては通れないが、国境線の8割を実質的な敵対国であるトルコやアゼルバイジャンと接し、残る2割のイランやグルジアもまた「使用済み核燃料の領内通過拒否」姿勢をとっている現状では、日本の関東地方の面積とほぼ同程度の狭い国土に使用済み核燃料が蓄積され続けることになろう(注2)

クウェート
2022年までの原発建設を計画していたクウェートだが、2011年の東日本大震災に伴って発生した福島第一原発事故を受け、同年7月に計画中止を決定していたことが判明した。これによって中東における原発建設断念国はイスラエルに加えて2カ国となった(注3)。

トルコ
黒海沿岸部のシノップに建設予定の原発について、これまで韓国電力公社や日本の東芝の名が受注候補として取沙汰されてきたが、4月9日のエルドアン首相訪中に合わせトルコ-中国両国間で原子力協定が成立したこと(注4)、そして、ユルドゥズ・エネルギー天然資源相がカナダとも原発建設に向けた交渉中であることを明らかにしたことにより(注5)、受注獲得レースの帰趨がより見通し難いものとなってきた。
仮にもし中国が当該案件を受注することになれば、同国にとってはパキスタンに続く2例目の原発輸出となる。

ヨルダン
アンマンから40kmほど北のマジデルにて建設が予定されている原発について、今までアレバと三菱重工の日仏連合、ASE(ロスアトム子会社)、カナダ原子力公社を中心としたカナダ連合が三つ巴の受注競争を繰り広げていると報じられてきたが、ここにきてカナダ連合のレース脱落が判明した(注6)。
なおヨルダンは自国内でのウラン鉱脈開発を進めているが、アレバがそのパートナーとなっている。

注釈
注1.News.Azの2012年4月17日「Ministry of Energy tries to extend life of Armenian NPP’s second power block」を参照のこと。
注2.こうした困難な問題の存在にもかかわらず、アルメニア政府・国民の原発支持は強く、環境保護団体エコルルのザラフヤン代表は共同通信のインタビューに答えて「(アルメニア)政府や国民は脱原発運動を敵視している」と述べている。この背景には、歴史・領土問題で激しく対立しているトルコやアゼルバイジャンがアルメニア原発の停止を要求していることへのナショナリズム的な反発に加え、1988年の大地震を受けて十分な代替電源の用意もないまま原発停止に踏み切ったことによる経済混乱や暖房用エネルギーの不足による冬期間の凍死者増加といった痛みの記憶が未だ生々しいことがあるようである。2011年の東日本大震災の結果としてエネルギー環境の急変に見舞われた日本国の今後を予測する上で興味深い先例といえよう。
注3.共同通信の2012年2月22日「クウェート、原発計画を中止 福島事故受け、昨年7月」を参照のこと。
注4.Hurriyet Daily Newsの2012年4月9日「Turkey PM oversees nuclear agreements with China」を参照のこと。
注5.Sankeibizの2012年4月21日「トルコ原発、カナダも交渉 日中韓と競合」を参照のこと。
注6.ロイターの2012年4月30日「ヨルダン、原発発注先候補に三菱重・仏アレバ連合とロシア社を選定」を参照のこと。


参考資料
・Hurriyet Daily News 「Turkey PM oversees nuclear agreements with China」 2012年4月9日
・News.Az 「Ministry of Energy tries to extend life of Armenian NPP’s second power block」 2012年4月17日
・Sankeibiz 「トルコ原発、カナダも交渉 日中韓と競合」 2012年4月21日
・共同通信 「クウェート、原発計画を中止 福島事故受け、昨年7月」 2012年2月22日
・同上 「ロシア・東欧ファイル」 2012年3月13日
・ロイター 「ヨルダン、原発発注先候補に三菱重・仏アレバ連合とロシア社を選定」 2012年4月30日