2012年6月12日火曜日

第四百六十二段 もしも明日が介入ならば

チュニジアやエジプト等での反体制運動、所謂「アラブの春」に触発されて2011年1月に勃発したシリア動乱だが、アサド政権側、反体制側、いずれも決め手を欠き事態収束に向けた方向性も見えないまま、ずるずると悲惨さの度合いだけを増しつつ1年と半年近くの時が経過している(注1)(注2)。

最近では、シリア動乱について沈黙を守ってきたイスラエルからも、「アサド政権による虐殺」を非難する声(注3)や、内戦の激化によってシリア国内に存在する生物・化学兵器に対するアサド政権のハンドリングが甘くなり、それがテロ集団等に流出することを懸念する声があがり(注4)、加えてシリア反体制派組織国民評議会議長に選出されたアブドルバセト・シダ氏が国際社会に向けて武力介入を求める声明を発表するといった新たな動きも出てきた(注5)。

こうした事態に触発されたというわけでもないが、ここで、もし仮にアサド政権打倒も視野に入れた外国軍のシリア介入が現実のものとなった場合というのを考えてみる。リビアやアフガニスタンの事例、そして欧米の経済的疲弊といった要素をもとにして考えるに、恐らく介入軍の陣容としてはトルコ、GCC諸国(+ヨルダン)のどちらか又は両方が主力を務め、米国をはじめとしたNATO諸国は海上封鎖や航空支援といった補助的な立場に立つだろう。

では実際にシリアに兵力を展開させるとなったらどのようなルートがあり得るのだろうか?

まずシリアの地理的状況を考えると、東地中海沿岸部から内陸に進入するルートが考えられる。だが、その際に上陸拠点となるであろう同国の主要港湾都市の状況を確認するに、レバノン国境にも近いタルトゥースはアサド政権擁護の姿勢をとっているロシアの海軍拠点となっていること、もう一つの港湾都市であるラタキアはそのタルトゥースからさして遠くない上にそこが父アサドの出身地ということ、これらを考えればシリア現政権の行動抑止(場合によっては引導を渡すことまで)を目的とした介入軍が採用するには問題の多いルートだと言えよう。

となれば、やはり実現性が高いのは陸路からの進入ということになろう。そこで浮上してくるのは、トルコ領を起点にシリアへ南下する「北方ルート」、イラク領を起点にシリアへと西進する「東方ルート」、ヨルダン領を起点にシリアへと北上する「南方ルート」である。歴史的に見れば、北方ルートが「チンギス・カンの再来」と恐れられたティムールのシリア侵攻経路、東方ルートがフレグ率いるモンゴル帝国征西軍のシリア侵攻経路、南方ルートが正統カリフ時代イスラム軍のシリア侵攻経路にそれぞれ該当する(以下の地図参照)


この3ルートのうち、東部ルートはイラクから米軍が撤退し、そのイラク自体も未だ治安の安定には程遠い現況にあることを考えれば、現時点で採用の可能性は低いだろう。南ルートを採用した場合はいきなりアサド政権のお膝元たるダマスカスを衝くことになり、ここを主力ルートとするのはややリスクが高いと思われる。となると消去法で残るのは北部ルートとなる。
従って、もし仮に外国軍のシリア介入が現実のものとなれば、恐らくはこの北部ルートが主要進行路となり、南部ルートは主にアサド政権軍への牽制・陽動に用いられる副次的な存在となるだろう。

注釈
注1.なお先代、父アサドの時代を振り返ると、父アサド政権と反体制派組織ムスリム同胞団(現在のシリア動乱でも反体制派の一角を占めているとされる)は、1976年からシリアの支配者の地位を賭けて活発な抗争を繰り広げており、80年には父アサド自身に手榴弾が投げつけられ、彼のボディーガードが手榴弾に覆い被さって爆発を最小限に抑えたことで辛くも死を免れるという一幕もあった。こうした抗争劇のクライマックスが1982年の「ハマ事件」である。当該事件において父アサド政権はムスリム同胞団を支援していたハマ市民3千人~2万人(数にはシリア政府発表や反体制派発表等によってばらつきがある)を殺害することで、ムスリム同胞団等反体制派の反抗心をへし折ることに成功し、シリア国内を安定化させた。
注2.現アサド政権が反体制派対処に強硬策一本槍で臨む理由について、前注でも触れた「ハマの成功例」や権力を失った場合に加えられるであろう報復への恐怖が取沙汰されることが多いが、高橋和夫教授はJOGMEC「石油・天然ガスレビュー」Vol.46 No.1の「アメリカとイランの対立構造とアラブの春」の中でバシャール・アサド大統領と実弟マーヘル・アサド将軍との緊張関係に触れ、「マーヘルが代表するのは軍、そして数万人の要員を擁する治安当局の意向である。それゆえ、バシャール大統領も弟を無視できない。抗議行動への対応が手ぬるいとしてクーデターを起こされる可能性も排除できない状況のようだ。」と述べている。
注3.イスラエルのモファズ首相代理兼無任所相によるアサド政権批判については、MSN産経ニュースの2012年6月10日「「大量虐殺」イスラエルがシリア政権批判」を参照のこと。
注4.シリア内戦に伴う化学兵器流出懸念の声については、最近のものとしてはRIA Novostiの2012年6月11日「Syria’s Chemical Weapons May End Up in Terrorist Hands – Israeli General」を参照のこと。また、以前アラブ諸国による平和維持軍のシリア展開が取沙汰された折、米国の支援と訓練を受けたヨルダン軍がシリアにおける大量破壊兵器の安全確保を担当するという話もあった。なお当該ブログ執筆時点でシリアは化学兵器禁止条約未署名国である。
注5.アブドルバセト・シダ氏の発言については、ロイターの2012年6月11日「シリア反体制派組織の新議長、国際社会に武力介入を要請」を参照のこと。

参考資料
・Global Security News 「Jordanian Troops May Secure Syrian WMD in Event of Peacekeeping Mission」 2012年3月9日
・JOGMEC 「石油・天然ガスレビュー」Vol.46 No.1 2012年1月
・MSN産経ニュース 「「大量虐殺」イスラエルがシリア政権批判」 2012年6月10日
RIA Novosti 「Syria’s Chemical Weapons May End Up in Terrorist Hands – Israeli General」 2012年6月11日
・ロイター 「シリア反体制派組織の新議長、国際社会に武力介入を要請」 2012年6月11日
・夏目高男 「シリア大統領アサドの中東外交 1970-2000」 2003年4月 明石書
・日本外務省 「化学兵器禁止条約(CWC)締約国・署名国一覧」
・本田實信 「<<ビジュアル版>>世界の歴史6 イスラム世界の発展」 1985年3月 講談社
・牟田口義郎編 「世界の戦争3 イスラムの戦争 アラブ帝国からコンスタンティノープルの陥落まで」 1985年6月 講談社