2012年7月1日日曜日

第四百六十三段 音速の遅い読書「日本中世に何が起きたか」

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。



著者の網野善彦氏(故人)と言えば、中世日本における商人や職人、遍歴する宗教者等の非農業民の役割の大きさに光を当て、日本中世史研究に大きな足跡を遺した人物であり、同時に当該分野に係る様々な文庫や新書を通じて一般にも馴染みの深い研究者であった。

本書もそうした一般向けに著された作品群の一つであり、内容は「都市と宗教と「資本主義」」という副題が示す通り、時宗や浄土真宗、法華宗といった所謂「鎌倉新仏教」が京や鎌倉等の都市住民を中心に大きな訴求力を持ったこと、そして、その創始者や担い手が同時に金融や交易に大きく関与して中世日本における「資本主義」の確立に大きな影響を与えていたことを明らかにするものとなっている。

そこに聖と賤といった価値観の動揺、東国と西国との相違、マージナルマンの問題が絡んできて非常に知的好奇心を刺激される仕上がりとなっているのだが、個人的に一番興味を持ったのが以下の記述である(中略及び注は当ブログ著者による)。
それから、金融という行為もやはり、古くは神仏との関わりなしには、成立し得なかったと思います。これは人間社会にかなり共通していることで、他の民族の場合も、神殿が金融機関であったという事例が古く見出されるようですが、日本の社会の場合、物を貸して利息を取るという行為の最も初原的な形態は「出挙」です。これについては議論もいろいろありますが、初穂として神に捧げられ、神聖な倉庫にしまわれていた稲を種籾として農民に貸し与え、秋に神への感謝、御礼の意味をこめて、若干の利息をつけて、倉庫に戻す。これがおそらく「出挙」の源流だと思います。
この習俗が律令国家の制度に組織されて、「公出挙」という形になっていくのだと思います。しかし、「私出挙」がこれと並行して行われていたように、こうした方式はその後も引き続き、日本の社会で行われています。じっさい中世になりましても、金融の行為は「出挙」と呼ばれるのが普通ですし、金融業者である「借上」(注:「かりあげ」ではなく、「かしあげ」と読む)や「土倉」の金融の仕方をみても、それが出挙と同じ考え方に基づいていることは明らかです 。
・・・・・(中略)・・・・・
おそらく、利息はどの民族でも、農業ないし、牧畜などの生産との関わりで生まれてくるのではないかと私は考えております。
実際、日本はおろか、中華文明やインド文明、そして古代ローマやイスラム以前の中東においても「利子」「利息」という考え方は広く認められるものである。そして、その緒元に、一粒蒔いてそれが順調に育てば2倍3倍どころか何十倍にもなる穀物農業等の在り方があるのだという考え方は実に納得し易いものである。

しかし、広い世界を見渡すと、中には利子・利息に対して否定的な見解を示す考え方も存在する。有名所を挙げていけば、アリストテレス、そしてイエス・キリストやムハンマドといった人物の考え方である。ここですぐに気付くのは、彼らが実生活上農業とは縁遠い都市部出身であったことだ。
例えば、アリストテレスは都市国家アテネ出身の学者であったし、イエス・キリストも教団の主催者として名を挙げるまでは宗教都市として繁栄していたエルサレムの下層民(大工をやっていたとか)、そしてムハンマドが交易都市メッカに拠点を置く有力商人の一族として生を受けたことも有名であろう。

農業等を基盤として生まれた「利子」「利息」という考え方を、都市部出身の思想家が否定する。何とも興味深い構図ではある。