2012年11月29日木曜日

第四百七十三段 台湾か、尖閣か、それが問題だ

東シナ海に面した中国の福建省水門軍事基地に多数のJ-10戦闘機が配備されているようだ、という記事が新華社のサイトに掲載されていた(注1)。記事は中国軍事問題を主に扱うカナダの専門誌「漢和防衛評論」を引用したもので、そこでは、水門軍事基地へのJ-10戦闘機配備は日本との対立が深まる「尖閣/釣魚」問題を睨んでのものだ、という同誌編集長平可夫氏の見方も紹介されている。

当該記事で取り上げられているJ-10戦闘機だが、その作戦行動半径、即ち、基地から作戦空域に出発しそこで活動してから基地に帰還するという一連の動作を途中での燃料補給無しで行える距離は、少なくとも950kmと見積もられている(注2)。そんなJ-10戦闘機が福建省水門基地に配備されるのとされないのとでは、「尖閣/釣魚島」情勢にどのような違いが生じるのだろうか。

まず最初に挙げるのが、水門軍事基地にJ-10戦闘機を配備しない状態を示す以下の地図である。


この状態で中国軍が尖閣諸島(地図内の黒線で囲った箇所)にJ-10戦闘機を派遣しようとするとどうなるか。
広州空軍基地(注3)から飛ばすと尖閣諸島は作戦行動半径の範囲(白色円)から外れてしまうのでアウト。
次に蕪湖空軍基地から飛ばした場合だと、尖閣諸島が作戦行動半径の範囲(黄色円)内に入ってはくるものの、限界いっぱいの距離にあるため、尖閣諸島一帯での滞空時間や携帯していく武装の量に対する制約も大きくなり、実戦の可能性を考えると些か心許ないことになってしまう(注3)(注4)。

次に挙げるのが、水門軍事基地にJ-10を配備した場合の地図である。


水門空軍基地を起点としたJ-10の作戦行動範囲を赤色円で示しているが、尖閣諸島が範囲外であった広州空軍基地や範囲内に含まれはするがぎりぎりいっぱいであった蕪湖空軍基地とは異なり、尖閣諸島との距離がぐっと縮まっている。これによって、水門空軍基地から出撃したJ-10戦闘機は、他の基地から出撃した場合と比較してより長い時間尖閣上空に留まる、又はより多くの武装を搭載して尖閣に向かうことが可能となるのである(注5)。

以上のような形勢を目にすると、「すわ尖閣の一大事!!」という気分にもなってくるが、少し落ち着いた目で事態を俯瞰してみたい。
そもそも、中国政府・軍は「尖閣/釣魚島」問題だけを念頭に置いて行動しているわけではない。彼らは国内情勢は勿論、台湾問題や南シナ海問題、対米関係等も考慮に入れながら諸々の対外アクションを起こしているのであって、同問題も所詮そうした幾つかある要素、焦点の一つにしか過ぎないのだ。
それを頭に入れてもう一度地図を見てみると、尖閣諸島のすぐ横、中国が掲げる「核心的利益」の対象としては尖閣以上に長い年月を刻む台湾本島もまた、水門基地を拠点とした場合のJ-10戦闘機の作戦行動半径内にすっぽり収まっていることにすぐ気付くだろう。同基地を起点として尖閣に向けられた矛は、その切っ先を少しずらして台北を衝くことも可能な矛ともなっているのである(注6)。

こうした形勢に、「尖閣/釣魚島」問題で「釣魚島は日本のものではなく、(中台の枠組みを超えた)中華民族のものだ」という主張が中国のみならず、香港や台湾でも目立ち始めている最近の情勢を考え合わせると、事態は日本は勿論のこと、台湾にとっても決して手放しでは喜べない側面を有していると考えられる。
何故なら、先述の主張が台湾国内でもより多くの支持を集めていくようになれば、中国は「中華民族のため、釣魚島を日本から取り返す」という看板を掲げることで台湾政府の批判を抑え込みつつ東シナ海方面での軍備増強を進め易くなるからである。またそこから更に進んで、ある日、「尖閣/釣魚島」問題を名目に強化を重ねた軍備を利用し、中国は統一等を巡る台湾との交渉において砲艦外交を展開する、というシナリオも想定できよう(注8)。

そもそも尖閣諸島の領有権を巡る日中台の対立に火をつけたのは、1970年代、台湾の蒋介石政権であった(注7)。過去の指導者の火遊びが、巡り巡って、自国を狙いかねない大剣に格好の隠れ蓑を提供することになったとするならば、これに勝る皮肉というのもそうそうはあるまい。

注釈
注1.新華社の2012年11月24日付「歼10进驻福建基地意在钓鱼岛」を参照のこと。
注2.J-10戦闘機の作戦行動半径については、「1000kmを超えるのではないか」という見方も存在する。
注3.東シナ海方面に比較的近い空軍基地ということで蕪湖空軍基地の他に広州空軍基地を挙げたが、広州空軍基地が属する広州軍区は、主にベトナム等インドシナ方面に睨みを利かせるのが主任務であり、東シナ海方面を担当とする南京軍区に属する蕪湖空軍基地とは少し立ち位置が異なることには、ご留意頂きたい。
注4.中国が保有する戦闘機はJ-10以外にも多数存在する。中でもロシアから導入したSu-27やSu-30は両機種共にはJ-10を上回る作戦行動半径を有しており(Su-27、Su-30共に作戦行動半径は1500kmと見積もられている)、これらの機種を使用すれば蕪湖空軍基地等の抱える「尖閣まで遠い」という弱点は、当然ある程度緩和されることになる。
注5.なお南京軍区の擁する空軍基地の多くは、蕪湖空軍基地を始めとして大体北緯31度~34度の辺り、省名で言えば江蘇省や安徽省に集中しており、台湾や尖閣諸島にほど近い福建省には、今回取り上げた水門基地の他、福州空軍基地があるぐらいである。敵地に近いと、敵に攻撃を仕掛け易いだけではなく、逆に敵からの攻撃も受け易いという欠点も同時に抱え込まなければならないのが悩ましい所ではあろう
注6.逆の言い方をすると、現在台湾に向けられている中国の切っ先は、ひょっとすると日本の尖閣諸島やそれに隣接した諸島嶼に向かってくるかもしれない切っ先なわけで、それが日本国にとって厄介な問題である。
注7.一般に尖閣問題については、「1970年代に中国と台湾が急に領有権を主張しだした」と語られることが多いが、もう少し事実を丹念に追っていくと、もともと琉球諸島を巡る第二次大戦後の処理に不満を抱いていた台湾(中華民国)の蒋介石政権が1971年2月に「釣魚島は台湾の一部だ」として領有権を主張し始め、それに引きずられる形で、同年12月、「台湾は中国の不可分の領土」とする大陸の中華人民共和国も尖閣諸島に対する領有権を主張しだしたのである。ただし、台湾は大陸との対立を抱え、大陸も漠北の極東ソ連軍によって北京を脅かされているといった情勢下、どちらも「一方に敵を抱えたまま、日本との対立を深めることは得策ではない」と判断したのか、当時、事態がこれ以上エスカレーションすることはなかった。このあたりの事態の推移については、例えば、月刊誌「東亜」の2012年11月号に掲載された野島剛氏(朝日新聞社国際編集部次長)の「新時代を迎える中台関係と尖閣諸島問題」等を参照のこと
注8.なお、平成24年版の防衛白書によれば、2012年時点で、中国が保有する軍用機は2070機、うち第四世代戦闘機の機数は565機(J-10が224機、Su-27/J-11が244機、Su-30が97機)。一方の台湾が保有する軍用機は520機、うち第四世代戦闘機の機数は331機(ミラージュ2000が57機、F-16が146機、経国が128機)となっている。

参考資料
・新華社 「歼10进驻福建基地意在钓鱼岛」 2012年11月24日
・防衛省 「平成24年版防衛白書」
・野島剛 「東亜」2012年11月号 「新時代を迎える中台関係と尖閣諸島問題」 霞山会 2012年11月

2012年11月17日土曜日

第四百七十二段 射程距離で見るレバント情勢

中東が(いつも通り)荒れている。

・・・・と言っても、広い中東の中で近頃ひときわ荒れが目立つのが、シリアやレバノン、ヨルダンやイスラエルからなる東地中海沿岸部、所謂「レバント」地方である。当該地方の情勢が今後世界全体にどのような影響を与え得るのかについては、取り上げる視点の如何によって様々な一枚絵を描くことが可能だろう。

差し当たって、当ブログのこの段では、弾道ミサイルやロケット弾の射程距離という極めて狭い範囲に視点を限定して日本への影響を考えてみることにする。

すると、以下の地図のような構図が浮かび上がる。


まず南のガザを見るに、当地を拠点とするハマスが有している最長射程兵器のファジュル5ロケット弾は、その最大射程が75kmとされる(注1)。 そしてガザ南部からスエズ運河一帯にかけて直線距離は大体200km強である、よってハマスのロケット弾の脅威が現時点でスエズ運河に及ぶことはない。

次に北のレバノン南部を見るに、当地を押さえるヒズボラのミサイル戦力だが、過去にシリア・アサド政権からの供与が報じられた(注2)M-600ミサイルの最大射程は300kmとされている。上記地図で2番目に大きい赤円でその射程距離圏を示しているが、やはりこれもスエズ運河には届かない。問題は、射程距離が600kmに及ぶスカッドCミサイルである。これについては、シリアが内乱状態に陥る以前からシリア・アサド政権からヒズボラへの供与・流出疑惑が取沙汰されてきた(注3)。もしヒズボラが当該ミサイルを入手するようなことがあれば若しくは既に入手していたとした場合、上記地図で示すように、その射程距離圏内にスエズ運河がすっぽりと収まることになる。

従って、今の所日本への影響が殆どないレバント情勢だが、今後、ヒズボラやシリア・アサド政権がスカッドCの使用をちらつかせた場合や、ガザのハマスがM-600等といった射程距離200km超の攻撃手段を手にした場合、或いはその両ケースが現実のものになるようだと、「スエズ運河の安全」を減退させ、運輸コストや輸送日数の増大という日本全体としてはあまり有難くない形で影響を及ぼしてくることになるだろう(注4)。

注釈
注1.なおファジュル5ロケット弾は、レバノン南部を地盤にイスラエルと対峙しているヒズボラも大量に保有している。
2.Jerusalem Postの2010年5月6日付「Hizbullah received hundreds of Syrian missiles」参照のこと
3.当該疑惑については例えばWall Street Journalの2010年4月14日付「Syria Gave Scuds to Hezbollah, U.S. Says」やそれに対するヒズボラ側の反応を伝える中東調査会の2010年5月28日付「かわら版」No81等を参照のこと。
4.もっとも、1956年にエジプト・ナセル政権によってスエズ運河が閉鎖された折、日本の海運業界は船腹需給の逼迫と海上運賃市況の急騰に伴う活況、所謂「スエズ・ブーム」に湧いたりしていたのだが・・・・。

参考資料
・Jerusalem Post 「Hizbullah received hundreds of Syrian missiles」 2010年5月6日
・Wall Street Journal 「Syria Gave Scuds to Hezbollah, U.S. Says」 2010年4月14日
・安全保障貿易情報センター 「Newsletter on Security Trade Control クロノロジー」Vol.16 No.1 2010年5月18日
・中東調査会 「かわら版」No81 2010年5月28日

2012年11月8日木曜日

第四百七十一段 音速の遅い読書「二つの危機と政治」

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の一冊。




カスピ海に面した石油都市バクーでドイツ人技師の息子として生まれ、その後ドイツに渡り、最終的にソ連の諜報員となって東京から一級の情報を送り続けるも武運拙く特高警察に摘発されて1944年に刑死したリヒャルト・ゾルゲという人物がいる。
現代では「稀代のスパイ」という評価が一般的な彼だが、いやだからこそと言うべきか、彼は日本や中国といった極東情勢についての優れた観察者・分析者でもあった。ゾルゲは、記者としてその分析結果や今後の見通しを雑誌等に発表することで勝ち取った「彼はいい仕事をする人間だ」という評判を原資として、ナチス・ドイツの駐日大使であったオイゲン・オットーや近衛文麿のブレーンの一人であった尾崎秀実との間に一種の信頼関係を構築し、後の一大諜報網の基礎を築きあげていったのである。
本書は、そんなリヒャルト・ゾルゲの手による1930年代日本及び1920年代ドイツについての時事分析・評論本だ。

彼は1930年代の日本(大日本帝国)をして「日本は今日その現代史上もっとも困難な局面にある」と評した。その困難を生み出す要因の一つとして彼が注目したのが、当時の大日本帝国における農村部の貧困であった(注1)。

彼は農村の困窮とそれが大日本帝国において社会的安定性を蝕みつつある状況を以下のように記している。
輸出品価格政策と、新しい工業資本形成の理由から、日本農民の租税と賦課金は、都市の商工業経営者のそれにくらべていちじるしく高い。年間所得が五百円にすぎない地主が、ほぼ四五%を租税と賦課金に引き渡さなければならない。自作農はほぼ三六%、地租を払わない小作人は八ないし一七%である。ところが彼は高い地代を払わなければならないので、その所得の六〇―七〇%を引き渡さなければならない。これに反して都市の営業者は同額の所得等級のとき、所得のほぼ一七%を租税とその他の賦課金として払うだけである。その上にまだ農民の重い負債がある。農業の慢性危機、とくに近年の危機激化が、日本農民に、一生かかっても払いきれない六〇―八〇億円の重い負債をもたらした。つまり、いよいよ窮すると、彼は自分の子を売らざるをえない乞食になるのである。平均して農民世帯一戸の負債は彼の年間所得の最低二倍になる。
日本農村の購買力が最低であり、農民の家計がびっくりするほど低劣であり、窮乏が農村を支配していることはこれでわかるのである。年々何十万という農民の息子や娘が職を求めて都市に流れ込んでいる。ここに日本の工業は、ほとんどどんな条件にも応ずる労働力を供給する無尽蔵の貯水池を持っている。ここに、芸者屋その他どんな好みをも取り揃えたいかわがしい施設がある。だがまたここには、社会的不安が高まりゆく力を引き出す中心もある。
そして都市部で提供される数多の働き口(条件不問)と並んで、農村では食べていけない農民の子弟に居場所を提供したのが軍という存在であった(無論、それは「徴兵制」という強制的な制度によってもたらされた居場所であったが、それでも餓死するよりはずっとましな居場所であった)。
陸軍内のこの急進的な政治潮流のもっとも深い原因は、日本の農民と都市小市民の社会的窮境である。日本の工業と銀行が数年来すばらしい好況を経験しているのに、この期間に上述の二つの住民層のあいだの忍びよる危機は、急性の段階に入った。ところが、日本の将校団は、ほとんど五〇%まで、農村と密接に結びついた層から構成されている(中農、富農、地主の子弟)。それよりずっと大きい割合のものが都市小ブルジョワ層からきている。だからこれらの層の窮乏がとくに将校階級に集中的に感じられるのは大いに納得されることである――ことに兵はほとんど九〇%までが農村出身である。
このように、徴兵制を通じて農村や都市小市民層出身の若者を構成員として大量に抱え込むことになった軍は、貧困と常に隣り合せであった彼らの危機感や怨念に染められていき、その銃口を外敵のみならず、内なる敵へと向けていく。この時、彼らにとって敵とみなされたのが誰であったのか、また彼らがその敵を滅ぼした後にどのような社会を構想していたかのかは、以下に掲げるゾルゲの二・二六事件評、
現内閣にたいする反乱者の主要打撃が高橋蔵相に集中したのは偶然ではない。やり損じた岡田首相への打撃には、原則としてより小さな意義が与えられる。高橋が日本の内閣制度の典型的代表者だったのは、いろいろの政府内で十回も指導的役割を演じたせいだけではない。彼は議会政治発展との以前からの結びつきから、同時に反乱者からとりわけ憎まれていた政党制度の代表者でもあった。だがそれだけではなく、彼は日本の近代財政のもっとも明晰で最高の代表者でもあった。反乱者にとっては、彼は日本の総金融資本の象徴なのであり、軍部の要求と農民の社会的欲求は、総資本の法則という括弧のもとにくくられなければならないのである。
或いはゾルゲが採取した大日本帝国陸軍の一般向け啓蒙パンフレットの記述を見れば一目瞭然であろう(注2)。
したがって、経済は金融資本の手中にある。国民は資本主義的社会秩序の重圧のもとで失業と飢えを授けられている・・・・・・
国民の物質的状態が保障されているか否かは、きわめて重要な問題である。兵士が戦争において勇敢であろうとするなら、家族が困窮しておらず、郷里が彼を支えていることを知らなければならない。・・・・・・当面の経済機構は個人主義にもとづいて発展してきた・・・・・・したがってそれは必ずしも国家の一般的利益に適応していない・・・・・・少数の者が積んだ富は大衆の窮乏と飢えを生みだし・・・・・国民生活を不安にしている・・・・・・国民が経済的個人主義と利己主義の見解を捨て集団的経済の見解をわがものとすることが必要である・・・・・・新しい経済組織は建国の思想にもとづいて建設され、全国民の福祉を高めなければならない・・・・・・
さて、最近の日本では、特に政治的に右寄りの方向から「徴兵制の復活」という言葉が出てきて物議を醸すことがある。どうやら言い出した御仁は、若者を誰彼かまわず軍(自衛隊)に放り込んでおけば、自分たちが甘味を享受している現状制度の維持に好適な駒を大量に作り出せると考えているようだが、果たしてそうか?
ゾルゲが生々しく活写したように、徴兵制の結果、「貧困」という背景を抱えた若者が軍に大量に流入し、彼らの不満に染められた軍がやがて現状破壊勢力と化して財閥や元老といった既得権益層が采配を振るう旧体制(それは多くの問題や限界を抱えながらも、それなりに市場経済的で民主的な体制でもあった)を食い破っていった、その挙句に多大な犠牲を生みながら滅亡への道を全力疾走した大日本帝国末期の有様を見ると、現代の日本国で時折持ち上がる「徴兵制の復活」論は、太平楽な、あまりに太平楽な考えにしか自分には思えないのである(注3)。

注釈
注1.決して、「三農問題」 や「農民工」といった問題が国内安定に不気味な影を落としている一衣帯水の隣国のことではないのでご注意を。
注2.出身階級的に常に困窮が隣り合せであった多くの青年将校たちの危機感や怨念を体系化・理論化した人物こそ、在野の国家主義的思想家北一輝であった。なお興味深いことに、彼が諸著作物で訴えている私的所有権や市場メカニズムによる需給・価格調整への敵視、それを超克する最終手段としての何ものにも制約されない無制限権力(=国家権力)の必要性は、一見すると共産主義者が主張する所と殆ど変わりがない。唯一の違いは、無制限権力を振るう主体として前者は天皇を想定していたのに対し、後者は共産党を想定していたことぐらいのものである。
注3.なお当ブログ著者は「徴兵制の復活」に反対である。その理由は、当該段本文で触れた懸念の他に、今まで志願制で人を集めてきた自衛隊が災害復興支援やPKO活動で無能をさらけ出しているようには全く見えず、寧ろ高い能力を発揮して任務をこなし続けていることがある(無論、法制度を始め様々な制約や限界を抱えてはいるが)。つまり、現時点での自衛隊を見るに、志願制による人材募集とそれによる運営が成功し、かつ制度疲労の兆しが明々白々になっているわけでもない。にもかかわらず、人の集め方を志願制から徴兵制に変更するのは無用の制度いじりとしか考えられないからである。

2012年11月7日水曜日

第四百七十段 スクランブルは原油価格につれ

とんとブログを更新してなかったので、軽めの内容でサクッとリハビリ。

最近の日本、辺境島嶼部の領有権を巡って周辺国との間で展開される海上での根競べ、力比べに注目が集まっている。

だがそうした周辺国との角逐というか鍔迫り合いは何も海の上だけで繰り広げられているわけではない。普段であれば見上げることもないまま一日を終えることも珍しくない空の上でも、日本と周辺国は活発な鍔迫り合いを繰り広げているのだ。

それを如実に示すのが、防衛省統合幕僚監部がサイト上で四半期、半期、年毎にそれぞれ公表している「○○○の緊急発進実施状況について」という資料である(注1)。

資料の内容は、タイトルが示す通り、周辺諸国が日本列島近辺に種々の目的で派遣した軍用機に対して空自機がスクランブル発信した回数をそれぞれの期にわたって表示するというもの。
現在ネット上で公開されている分では、国別のスクランブル回数については平成16年度以降しか確認できないものの、年度毎の総数であれば昭和33年度からの数字を棒グラフと共に確認することができるという実に興味深い資料なのだ。

そして国別のスクランブル回数を個人的に棒グラフ化したのが以下の図表である(注2)。



このロシアが毎年コンスタントに太宗を占めている有様を見てふと思った。ロシアという国は、経済面を中心に原油価格動向に大きく左右される国である。そのロシアの軍用機がスクランブルの太宗を占めている。ということは、空自のスクランブル回数と原油価格動向は意外に相似した傾向を示すのではないか、と。

そこで、OPECが公表している原油バスケット価格推移の年次データの動き(2004年~2011年)と重ね合わせてみると、以下のような感じになる(石油価格の価格軸(ドル/バレル)は向かって右側の縦軸)(注3)。



睨んだ通り、結構似通った動きをしているではないか。

比較したのが平成16年度から平成23年度までのスクランブル回数と2004年から2011年までの原油価格動向と、完全に同期なデータではないのが難点というか瑕ではあるが、概ね、2004年辺りから2011年辺りにかけての原油価格と空自スクランブル回数は似通った動きを示しており、その要因としてロシアという回路の存在を仮定することは、そう荒唐無稽・根拠薄弱な見方でもないだろう。

さて、個人的な今後の注目点は、この傾向が中国ファクターによってどの程度変化していくのかという点である。

注釈
注1.「○○○」の箇所には、それぞれ対象となっている期間が入る。なお現時点での最新版は「平成24年度上半期の緊急発進状況」である。
注2.なお緊急発進対象機の所属国分類については、平成16年度のデータを載せる「平成21年度の緊急発進状況」ではロシア、中国、台湾、その他となっており、それ以降ではロシア、中国、台湾、北朝鮮、その他となっている。
注3.原油価格指標として一般的なWTIではなく、わざわざOPECバスケット価格を用いたのは、諸般の事情がそうさせたのであり、決して「OPECデータを使った方が通っぽい感じが出てカッコいいんじゃないか」という考えに捉われたからではない、決してない。なおWTIの年次データを用いても空自のスクランブル回数国別推移と原油価格推移は相似形を示すことは付記しておく。

参考資料
・OPEC 「OPEC Basket Price」
・世界経済のネタ帳 「原油価格(WTI)の推移(年次)」
・防衛省統合幕僚監部 「平成24年度上半期の緊急発進状況について」 2012年10月28日
・同上 「平成20年度の緊急発進状況について」 2009年4月23日