2012年11月8日木曜日

第四百七十一段 音速の遅い読書「二つの危機と政治」

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の一冊。




カスピ海に面した石油都市バクーでドイツ人技師の息子として生まれ、その後ドイツに渡り、最終的にソ連の諜報員となって東京から一級の情報を送り続けるも武運拙く特高警察に摘発されて1944年に刑死したリヒャルト・ゾルゲという人物がいる。
現代では「稀代のスパイ」という評価が一般的な彼だが、いやだからこそと言うべきか、彼は日本や中国といった極東情勢についての優れた観察者・分析者でもあった。ゾルゲは、記者としてその分析結果や今後の見通しを雑誌等に発表することで勝ち取った「彼はいい仕事をする人間だ」という評判を原資として、ナチス・ドイツの駐日大使であったオイゲン・オットーや近衛文麿のブレーンの一人であった尾崎秀実との間に一種の信頼関係を構築し、後の一大諜報網の基礎を築きあげていったのである。
本書は、そんなリヒャルト・ゾルゲの手による1930年代日本及び1920年代ドイツについての時事分析・評論本だ。

彼は1930年代の日本(大日本帝国)をして「日本は今日その現代史上もっとも困難な局面にある」と評した。その困難を生み出す要因の一つとして彼が注目したのが、当時の大日本帝国における農村部の貧困であった(注1)。

彼は農村の困窮とそれが大日本帝国において社会的安定性を蝕みつつある状況を以下のように記している。
輸出品価格政策と、新しい工業資本形成の理由から、日本農民の租税と賦課金は、都市の商工業経営者のそれにくらべていちじるしく高い。年間所得が五百円にすぎない地主が、ほぼ四五%を租税と賦課金に引き渡さなければならない。自作農はほぼ三六%、地租を払わない小作人は八ないし一七%である。ところが彼は高い地代を払わなければならないので、その所得の六〇―七〇%を引き渡さなければならない。これに反して都市の営業者は同額の所得等級のとき、所得のほぼ一七%を租税とその他の賦課金として払うだけである。その上にまだ農民の重い負債がある。農業の慢性危機、とくに近年の危機激化が、日本農民に、一生かかっても払いきれない六〇―八〇億円の重い負債をもたらした。つまり、いよいよ窮すると、彼は自分の子を売らざるをえない乞食になるのである。平均して農民世帯一戸の負債は彼の年間所得の最低二倍になる。
日本農村の購買力が最低であり、農民の家計がびっくりするほど低劣であり、窮乏が農村を支配していることはこれでわかるのである。年々何十万という農民の息子や娘が職を求めて都市に流れ込んでいる。ここに日本の工業は、ほとんどどんな条件にも応ずる労働力を供給する無尽蔵の貯水池を持っている。ここに、芸者屋その他どんな好みをも取り揃えたいかわがしい施設がある。だがまたここには、社会的不安が高まりゆく力を引き出す中心もある。
そして都市部で提供される数多の働き口(条件不問)と並んで、農村では食べていけない農民の子弟に居場所を提供したのが軍という存在であった(無論、それは「徴兵制」という強制的な制度によってもたらされた居場所であったが、それでも餓死するよりはずっとましな居場所であった)。
陸軍内のこの急進的な政治潮流のもっとも深い原因は、日本の農民と都市小市民の社会的窮境である。日本の工業と銀行が数年来すばらしい好況を経験しているのに、この期間に上述の二つの住民層のあいだの忍びよる危機は、急性の段階に入った。ところが、日本の将校団は、ほとんど五〇%まで、農村と密接に結びついた層から構成されている(中農、富農、地主の子弟)。それよりずっと大きい割合のものが都市小ブルジョワ層からきている。だからこれらの層の窮乏がとくに将校階級に集中的に感じられるのは大いに納得されることである――ことに兵はほとんど九〇%までが農村出身である。
このように、徴兵制を通じて農村や都市小市民層出身の若者を構成員として大量に抱え込むことになった軍は、貧困と常に隣り合せであった彼らの危機感や怨念に染められていき、その銃口を外敵のみならず、内なる敵へと向けていく。この時、彼らにとって敵とみなされたのが誰であったのか、また彼らがその敵を滅ぼした後にどのような社会を構想していたかのかは、以下に掲げるゾルゲの二・二六事件評、
現内閣にたいする反乱者の主要打撃が高橋蔵相に集中したのは偶然ではない。やり損じた岡田首相への打撃には、原則としてより小さな意義が与えられる。高橋が日本の内閣制度の典型的代表者だったのは、いろいろの政府内で十回も指導的役割を演じたせいだけではない。彼は議会政治発展との以前からの結びつきから、同時に反乱者からとりわけ憎まれていた政党制度の代表者でもあった。だがそれだけではなく、彼は日本の近代財政のもっとも明晰で最高の代表者でもあった。反乱者にとっては、彼は日本の総金融資本の象徴なのであり、軍部の要求と農民の社会的欲求は、総資本の法則という括弧のもとにくくられなければならないのである。
或いはゾルゲが採取した大日本帝国陸軍の一般向け啓蒙パンフレットの記述を見れば一目瞭然であろう(注2)。
したがって、経済は金融資本の手中にある。国民は資本主義的社会秩序の重圧のもとで失業と飢えを授けられている・・・・・・
国民の物質的状態が保障されているか否かは、きわめて重要な問題である。兵士が戦争において勇敢であろうとするなら、家族が困窮しておらず、郷里が彼を支えていることを知らなければならない。・・・・・・当面の経済機構は個人主義にもとづいて発展してきた・・・・・・したがってそれは必ずしも国家の一般的利益に適応していない・・・・・・少数の者が積んだ富は大衆の窮乏と飢えを生みだし・・・・・国民生活を不安にしている・・・・・・国民が経済的個人主義と利己主義の見解を捨て集団的経済の見解をわがものとすることが必要である・・・・・・新しい経済組織は建国の思想にもとづいて建設され、全国民の福祉を高めなければならない・・・・・・
さて、最近の日本では、特に政治的に右寄りの方向から「徴兵制の復活」という言葉が出てきて物議を醸すことがある。どうやら言い出した御仁は、若者を誰彼かまわず軍(自衛隊)に放り込んでおけば、自分たちが甘味を享受している現状制度の維持に好適な駒を大量に作り出せると考えているようだが、果たしてそうか?
ゾルゲが生々しく活写したように、徴兵制の結果、「貧困」という背景を抱えた若者が軍に大量に流入し、彼らの不満に染められた軍がやがて現状破壊勢力と化して財閥や元老といった既得権益層が采配を振るう旧体制(それは多くの問題や限界を抱えながらも、それなりに市場経済的で民主的な体制でもあった)を食い破っていった、その挙句に多大な犠牲を生みながら滅亡への道を全力疾走した大日本帝国末期の有様を見ると、現代の日本国で時折持ち上がる「徴兵制の復活」論は、太平楽な、あまりに太平楽な考えにしか自分には思えないのである(注3)。

注釈
注1.決して、「三農問題」 や「農民工」といった問題が国内安定に不気味な影を落としている一衣帯水の隣国のことではないのでご注意を。
注2.出身階級的に常に困窮が隣り合せであった多くの青年将校たちの危機感や怨念を体系化・理論化した人物こそ、在野の国家主義的思想家北一輝であった。なお興味深いことに、彼が諸著作物で訴えている私的所有権や市場メカニズムによる需給・価格調整への敵視、それを超克する最終手段としての何ものにも制約されない無制限権力(=国家権力)の必要性は、一見すると共産主義者が主張する所と殆ど変わりがない。唯一の違いは、無制限権力を振るう主体として前者は天皇を想定していたのに対し、後者は共産党を想定していたことぐらいのものである。
注3.なお当ブログ著者は「徴兵制の復活」に反対である。その理由は、当該段本文で触れた懸念の他に、今まで志願制で人を集めてきた自衛隊が災害復興支援やPKO活動で無能をさらけ出しているようには全く見えず、寧ろ高い能力を発揮して任務をこなし続けていることがある(無論、法制度を始め様々な制約や限界を抱えてはいるが)。つまり、現時点での自衛隊を見るに、志願制による人材募集とそれによる運営が成功し、かつ制度疲労の兆しが明々白々になっているわけでもない。にもかかわらず、人の集め方を志願制から徴兵制に変更するのは無用の制度いじりとしか考えられないからである。