2012年12月16日日曜日

第四百七十五段 北朝鮮衛星打上げで思ったこと

2012年12月12日という、ある意味狙い澄ましたかのような日付に行われた北朝鮮の衛星打上げ。

それについて思った由無し事を少し。

まず今回の衛星打上げで注目すべきは、打上げロケットの1段目、2段目に用いられていたムスダン・ミサイルの存在であろう。
当該ミサイルは、2000年代に実戦配備済と目されており、その射程距離は4000kmと見積もられている。ただ、これまで当該ミサイルは発射実験が実施されないまま配備されたという事情から、その技術的信頼性については不明視されてきた。
ところが、今回の北朝鮮の衛星打上げによって、当該ミサイルは実用に耐えうる技術的信頼性を有することが明らかになった。

これはアジア太平洋地域の安全保障環境にどのような影響を与えるのだろうか?

まず北朝鮮に隣接する国々への影響だが、日本や韓国は既にノドン2号ミサイルやテポドン1号ミサイルによって国土の大半が射程距離圏内に置かれている。また、中国やロシアはその歴史的経緯や現状の対北関係を見るに、北朝鮮のミサイルの標的となる可能性は低い。
よって、これら諸国の安全保障環境が今回の北朝鮮衛星打上げによる直接的な悪影響を被るとは考えにくい。

寧ろ、今回の北朝鮮衛星打上げがその安全保障環境に影を落とすのは、米国及び東南アジア諸国なのではないか。

以下に示すのが、北朝鮮の短中距離弾道ミサイルの射程距離と今回の衛星打上げでロケットが辿った軌跡及びロケット2段目が落下した地点をプロットした地図である。


白色円がノドン2号ミサイル(射程距離:1300km)の射程距離圏、ピンク色円がテポドン1号ミサイル(射程距離:1500km)の射程距離圏、黄色円がムスダン・ミサイル(射程距離:4000km)の射程距離圏である(注1)。そして、北朝鮮から伸びる黄色線が今回の衛星打上げでロケットが辿った軌跡、フィリピン横の黄色線で囲った部分が打ち上げロケット2段目の落下した一帯となっている。

さて、最近の南シナ海では、中国の勢力拡大の動きが活発化しており、これに東南アジア諸国(特に海洋部に属する国々)が反発を強め、それに呼応する形で、東南アジア諸国同様中国の動きに警戒感を強める米国が当該地域における軍事的プレゼンスを強化する動きを見せている。

そうした米国の中国牽制を目的とした軍事拠点の役割を果たしているのがグアム島や豪ダーウィン、シンガポールであり、更に、米国が中国牽制のために回帰や進出を図っている若しくは図っているとされる地点が、 フィリピン・スービック、ベトナム・カムラン、タイ・ウタパオといった地点なのである。

こうした諸地点が広がる一帯に、ムスダン・ミサイルの射程距離圏を被せてみるとどうなるか?
グアム島がその射程距離圏に含まれることは従来から度々指摘されてきたが、米国が利用やその拡大に関心を示しているとされるフィリピン・スービック、ベトナム・カムラン、タイ・ウタパオもまた、ムスダン・ミサイルの射程距離圏に含まれていることが上記地図からもわかろう。

つまり、米国や東南アジア諸国は南シナ海の安全保障環境を考慮する際、中国のみならず、信頼性がある程度確保された北朝鮮(かの国が中国とそれなりに緊密な関係にあることは言わずもがな)のムスダン・ミサイルをも波乱要素の一つとして視野に入れなければならなくなったと言える。
これが、自分が「今回の北朝鮮衛星打上げがその安全保障環境に影を落とすのは、米国及び東南アジア諸国なのではないか」と考える理由である。

また、逆説的に、今回の北朝鮮衛星打上げは、米国にとって、ムスダン・ミサイルの射程距離圏外に存在するシンガポールや豪ダーウィンの重要性をより増すことになったということも可能だろう。


注釈
注1.発射地点はいずれも、北朝鮮東倉里と仮定している。

参考資料
・BBC 「美国核潜艇停泊菲律宾苏比克湾」 2012年6月25日
・channelnewsasia.com 「US sees strategic role for Vietnam's southern port」 2012年6月3日
・Defense News 「U.S. Marines to Be Based in Darwin: Report」 2011年11月11日
・ロイター 「U.S. military to increase presence in Philippines」 2012年12月12日
・神保謙 「米国のアジアへの再均衡:シンガポールの視点 (1)」 2012年7月13日
・同上 「米国のアジアへの再均衡:シンガポールの視点 (2)」 2012年7月18日
・人民網 「アジア太平洋で軍事基地の拡充を加速する米国」 2012年6月28日
・樋泉克夫 Foresight 「NASAが使用を要請したタイのウタパオ航空基地」 新潮社 2012年6月30日
・聯合ニュース 「北朝鮮ミサイル 技術は高レベルに到達か」 2012年12月12日

2012年12月15日土曜日

第四百七十四段 悲惨指数 in 中東

数ある経済指標の中に、「悲惨指数」というものがある。聞くだけで何とも気が滅入ってしまいそうな名前の指標だが、要は、人々が日用品類の価格上昇と失業という、想像するとこれまた気が滅入りそうな経済事象にどれだけ晒されているかを示す指標である。

算出式は以下の単純なもので、一般に先進国では10%を超えると、国民の不満が高まり現政府の持続性に危険信号が灯ってくるとされる。

悲惨指数 = 失業率 + CPI上昇率(前年比)

では、この指数、昔から何かと騒がしい中東諸国では、どのように推移してきたのだろうか?

そんな疑問を抱いて、IMFのサイトでデータを漁ってみると、あまり芳しくない。
というのも、過去の各種データが豊富に備わっている米国や欧州諸国、日本等と違って、そもそも失業率を公開していない、若しくはデータを取り始めたのが〇〇年から(結構最近)という国がかなり多かったからである。

そうした制約の中、対象期間を1990年以降にすれば最も多くの国のデータを利用できることが分かったので、早速同年から2012年の失業率及びインフレ率のデータ(推計値含む)をダウンロードし、グラフ化してみた。

なお、対象国は以下の通り。一般に言う「中東」よりは北アフリカ諸国等も含んだ多少広い範囲に及んでいる。
・アルジェリア
・イスラエル
・イラン
・エジプト
・クウェート
・チュニジア
・トルコ
・パキスタン
・ヨルダン

中東等諸国の悲惨指数推移(1990年~2012年)

うん、あれだ。「10%超えたら政権が危ない」なんて説明を鼻で笑うような状態だ(注1)。

ただ、トルコとアルジェリアの当局が、ハードモードな経済状況下、かなり上手く舵取ってきたこと、そして少しグチャっとして見難いが、2010年から11年にかけての所謂「アラブの春」で独裁体制が打倒されたチュニジアとエジプトの悲惨指数が、ここ数年、ほぼ一貫して上昇傾向にあったことが読み取れる。

そこの辺りをもう少し見やすくしようと作成したのが、以下のグラフ。

中東等諸国の悲惨指数推移(1990年~2012年 1990年を100としたもの)

これで見ると、トルコ及びアルジェリアの経済的成功がよりはっきりすると共に、「アラブの春」がレジーム・チェンジにまで至った国ともう少し穏当な形(例えば、現政府がそのまま維持されたり、既存体制を維持した形で政府の交代が行われたといった具合に)で済んだ国との分水嶺が、大体90年比悲惨指数60~70の辺りに存在するんじゃないか、という見当をつけることもできるだろう(注2)

そうなってくると、どうしても気になってくるのが、90年比悲惨指数100以上という状態が珍しくないイラン及びパキスタンの存在であろう。
イランの動向が世界のエネルギー庫たるペルシャ湾及びそこと外界を繋ぐホルムズ海峡の安定に決して無視できない影響力を有していること、そしてパキスタンが実質的な核兵器保有国であると同時にペルシャ湾とASEAN+3地域とを繋ぐオイルルートに面した国でもあることを考えると、両国でで国民が政府や体制に対して不満を募らせやすい状況が長らく続いているというのは、なんともぞっとしない話ではある(注3)。

注釈
注1.なお2012年時点で悲惨指数が10%を下回っているのは、イスラエルとクウェートのみ(それぞれ、約8.66%、約6.36%)。
注2.その意味で、2010年からアルジェリアの悲惨指数が上昇傾向を示しているのが気になる所ではある。 
注3.些か尾籠な喩だが、このあたりはパンツのゴムひもと似ているような気がしないでもない。つまり、ダメかと思ったけど意外に伸びる、伸びる、伸びる。そしてある日、ゴムひものことなんてすっかり忘れた頃にいきなりプツンと…

参考資料
・IMF 「World Economic Outlook Database October 2012」
・ サイモン・コンスタブルら著 「ウォールストリート・ジャーナル式 経済指標 読み方のルール」 かんき出版 2012年2月 上野泰也監訳