2013年1月6日日曜日

第四百七十六段 世界の大雑把な見取り図

 冷戦という分かり易い枠組みが崩壊して既に20年以上。その間、その後の世界を把握する枠組みとして様々な考えが提示された。例えば、米国の政治学者であるサミュエル・ハンチントンが提唱した、世界を宗教とそれを背景にした幾つかの文明に塗り分け、同じ文明に属する国々との間では連携が進み、異なる文明圏に属する国家間の対立はより熾烈になるとする「文明の衝突」は江湖に大きな反響を呼び、日本からは、国際政治学者田中明彦が、世界を主権国家以外の非国家主体も大きな影響力を行使する「新しい中世圏」、依然として主権国家が決定的な影響力を保有する「近代圏」、そもそも近代国家形成に失敗してアナーキーが跋扈している「混沌圏」に分類する「新しい中世」論を提示した。

「こうした先哲に倣って、世界の見取り図という大風呂敷を広げてみたい」と言うと、「身の程をわきまえない愚挙」とのお叱りを受けそうだが、これも新年早々の高揚感がなせるものとよろしく御寛恕頂きたい。

ここで使用するのは、宗教や文化、イデオロギーというよりは、「政治体制における権力・権威の分散度」に注目したモンテスキューやウィットフォーゲルの見方である。彼らの顰に倣えば、世界の統治システムは大まかに二分することができる。
一つは多元的統治システムとでもいうべきものである。これは、現在の西側諸国で広く観察されるような権力分立を基調とした政治システムである。 この政治システムの下では、統治機構の権力や権威は行政府や議会、司法等に分割され、傘下の暴力機関を背景に最も強力かつ広汎に強制力を行使することが可能な行政府であっても、憲法や議会、司法機関等の有する「拒否権」によって無制限に強制力を行使することが許されない統治のあり方である。
もう一つは一元的統治システムとでもいうべきものであり、かつての中華諸王朝やロマノフ朝、イスラム諸王朝等或いは近現代史における共産主義国家のように、国家の頂点に立つたった一人の人物又は機関に権力と権威が全て集中する政治システムである。そこでは、権力と権威を独占する個人又は機関が、無制限に強制力を行使し、それに対する拒否権が不可侵的に保障された勢力は無論のこと、その支配から自律的な個人や組織は(「頂点」のお目こぼしが無い限りは)存在することが許されない統治のあり方である。

現在の世界は、一方に多元的統治システムが歴史的に強固に根を張った地域があり、もう一方には一元的統治システムが同じく歴史的に強固に根を張った地域があり、両者の狭間に、状況次第で多元的統治システムと一元的統治システムのどちらにも転びうる「第三世界」が存在するという情勢下にあると考えられる。

非常に大雑把な形ではあるが、上記の情勢を図示したのが以下の地図である。



多元的統治システム圏:黄色線で囲った一帯
・西欧(ピレネー及びロンバルディア以北、シュティッティン-トリエステ・ライン以西)
・北欧(ノルディック諸国、バルト三国)
・北米(米国、カナダ)
・豪州(オーストラリア、ニュージーランド)
以上の地域は、中世以来、国王、封建諸侯、教会、自治都市といった諸アクターの対立や交渉等を通じて多元的な権力・権威体制が構築され、それを母胎として権力分立を基調とした地域(西欧、北欧)、及びそこで構築されたシステムが在来の統治システムが何ら影響を受けることなく移植された地域(北米、豪州)である。

一元的統治システム圏:黒色戦で囲った一帯
・旧ソ連諸国(旧ロマノフ朝圏というべきか)
・東・東南アジア大陸部(ほぼ清朝及びベトナム歴代王朝の領域、李氏朝鮮の北半に該当。)
・中東(北アフリカ含む)
以上の地域では、全ての政治的権力や権威が皇帝、ツァーリ、スルタン・カリフ等と呼ばれるたった一人の人物に集中し、それを巨大な中央官僚群が輔弼するという政治体制が確立された。20世紀以後は類似した統治システムを持つ共産党政権やその他各種独裁・権威主義政権の統治下に入った。

第三世界:赤線で囲った一帯
・東アジア沿海部(日本、韓国、台湾)
・東南アジア(旧ベトナム王朝に属する大陸部分を除く)
・南欧(イベリア半島及びイタリア半島)
・中東欧(バルカン及びシュティッティン-トリエステ・ライン以東 また便宜的にトルコ含む)
・アフリカ(サハラ以南)
・中南米
以上の地域は、西欧とはやや異なるものの武士団、朝廷、寺社といった諸勢力の間で多元的な政治秩序が構築され、一方で一元的政治システムで運営される中華王朝から多大な影響を受けてきた日本、中華王朝の支配下や強い影響下にありながら、近代においては多元的統治システムを導入した大日本帝国の植民地とされ、その崩壊後は米国の強い影響下に置かれた韓国や台湾、長年西欧とイスラム世界、ロマノフ朝との接触面であった地中海からバルト海に至るまでの南欧、中東欧世界、植民地化を通じて西欧から影響を受けつつも土俗的な要素や他地域からの影響が消滅したわけでもない東南アジアやアフリカ、中南米といった具合に非常にバラエティに富んでいる。
ただ総じて言えるのは、状況次第で多元的政治システムと一元的政治システムのどちらにも転びうる反覆常ない地域であるということである。
つまり、多元的政治システムが富国強兵に好都合だということになれば多元的政治システムへの支持が集まり、逆に一元的政治システムが富と力への近道だということになれば一元的政治システムが希求される、そんな地域であるということだ。そして、旧システムから新システムへの切替は恐らく多大な混乱や流血を伴わずには済まないだろう。

果たして2013年後の国際情勢は、多元的政治システムを擁する国々と一元的政治システムで運営される国々、どちらが揺れ動く第三世界に対して訴求力を持ち得るのか、また、多元的政治システムや一元的政治システムを育んできた歴史的背景を無視したレジーム・チェンジがどのくらい発生してどんな悲喜劇を生みだしていくのか、非常に興味深い所である。

参考資料
・カール・ウィットフォーゲル 「オリエンタル・デスポティズム―専制官僚国家の生成と崩壊」 新評論 1995年1月 湯浅赳男訳
・サミュエル・ハンチントン 「文明の衝突」 集英社 1998年6月 鈴木主税訳
・モンテスキュー 「法の精神」上中下 岩波書店 1989年8月 野田良之訳
・田中明彦 「新しい「中世」―21世紀の世界システム」 日本経済新聞社 1996年5月