2013年6月30日日曜日

第四百八十六段 Road of the Lord

欧米から長年「まつろわぬ国」として排撃され続け、その反射として中国が独占的な影響力を保持してきたミャンマーが、ここ最近、俄かに開放政策、対西側融和策に打って出てきた。
これを受け、地理的要衝に位置する同国への影響力を巡って周辺諸国の動きが活発化している。

そうした動きの中で最近気になったのが、地政学的なライバル関係にあるインドと中国がそれぞれ提示した高速道計画である。

まずインドの高速道計画だが、これは、シン首相がタイ訪問の折に発表したもので、インド、ミャンマー、タイの三カ国を高速道で連結しようというものである(注1)。
より細かく見ていくと、インド東端のMorehからミャンマーのマンダレー及びヤンゴンを経由してタイ西部Mae Sotを結ぶ高速道を敷設しようというものだ。
もし当該計画が実現すれば、多大な人口を抱えるベンガル地方と製造業の集積進むタイとがミャンマーを介して繋がることになるし、更にタイから東に延びる東南アジア東西回廊を通じてベトナムやカンボジアとの連結も視野に入ってくる(注2)。

次に、伝統的にミャンマーに強い影響力を保持してきた中国が提唱した高速道計画である。
これは交通運輸部副部長がバングラデシュを訪問した時に提唱したもので、バングラデシュ、インド、ミャンマー、中国の四ヶ国を高速道で繋ぐという構想だ(注3)。
だが、当該構想は、現時点で四ヶ国の何処と何処を結ぶのかを具体的には提示していない。
果たしてバングラデシュ、インド、ミャンマー、中国はどのようなルート構成になるのだろうか。
それを占う上で参考とすべき事例と考えられるのが、13世紀の大元ウルスによるパガン朝侵攻作戦である。
当時、クビライ率いるモンゴル帝国(大元ウルス)にとって、雲南は、金銀の一大生産地として(注4)、そして服属間もない江南の地を背後から牽制する基地として極めて高い重要性を有していた(注5)。
そんな雲南を度々脅かしていたのがミャンマーの地に君臨していたパガン朝だ。
この目の上の瘤とでもいうべきパガン朝が1287年に王位を巡る混乱に陥ると、雲南に出鎮していた梁王エセン・テムル(クビライの孫)はすかさずパガン朝攻略の兵を挙げ、その都にまで進攻した(注6)。
この時の進攻ルートは、雲南永昌からバモーを経てパガンに至るものであった。

そのインド-ミャンマー-タイ高速道計画とモンゴル帝国のパガン進攻ルートをまとめて図示したのが以下の地図である。


当該地図を見ると、インド-ミャンマー-タイ高速道計画とモンゴル帝国のパガン進攻ルートとが大体ミャンマー中部、マンダレーの辺りで交差していることが分かる。
そこから考えると、バングラデシュ-インド-ミャンマー-中国高速道計画における中国へのルートとしては、マンダレーから北東に進んで中国雲南省保山に至るルートが浮上してくるのではないか。

またもし仮に、ベンガル地方、雲南、インドシナ半島、そしてインド洋の結節点にあたるミャンマーの交通インフラ整備に於いてある国が独占的な主導権を握ることになれば、その国は、そのまま、東南アジア大陸部からその先に広がる南シナ海の勢力均衡においても主導権を握ることになるだろう。

注釈
注1.インドのシン首相が提唱したインド-ミャンマー-タイ高速道計画については、THE HINDU紙の2013年5月30日付「India, Thailand hopeful of trilateral highway by 2016」を参照のこと。
注2.東南アジア大陸部を貫く幹線道路網については、JETROアジア経済研究所の「大メコン圏経済協力 ─実現する3つの経済回廊─」が詳しい。
注3.中国交通輸送部副部長によるバングラデシュ-インド-ミャンマー-中国高速道計画については、Bangladesh Sangbad Sangsthaの2013年6月26日付「China proposes to build Bangladesh-Maynmar-China-India highway」を参照のこと。
注4.1328年時点の統計で、雲南が中国の金銀生産量に占めた割合は、金で38%、銀で65%を占めたという。また、後の明代には金銀共に明全体の8~9割を占めたこともあったという。
注5.雲南がモンゴル帝国の支配下に入ったのは1254年。他ならぬクビライ自身が率いた遠征軍によるものであった(当時クビライは兄モンケ・カーンから対南宋経略を任されていた)。そして長らく南宋の支配下にあった江南地方がモンゴル帝国の支配下に入ったのが、1276年である(もっとも南宋残存勢力の抵抗はその後3年程度続く)
注6.「元史」巻二百一十 列伝第九十七  外夷三 緬國を参照のこと。なお雲南に出鎮していた梁王エセン・テムルの血脈については、牛根靖裕「元代雲南王位の変遷と諸王の印制」が詳しい。

参考資料
・Bangladesh Sangbad Sangstha 「China proposes to build Bangladesh-Maynmar-China-India highway」 2013年6月26日
・MHK取材班 「大モンゴル3 大いなる都 巨大国家の遺産」 1992年9月 角川書店
・THE HINDU 「India, Thailand hopeful of trilateral highway by 2016」 2013年5月30日
・牛根靖裕 「元代雲南王位の変遷と諸王の印制」 2008年 立命館文學608 (20081200)所収
・石田正美・工藤年博編  「大メコン圏経済協力 ─実現する3つの経済回廊─」 2007年 JETROアジア経済研究所
・宋濂撰 「元史」 1369年