2014年10月11日土曜日

第四百九十三段 表テスト

エクセル表の貼り付けテスト


年月日 クラス 番号 艦名 所属艦隊 観測地点 進航方向
2013/7/25 旅洲型 115 瀋陽 北海艦隊 宮古島北東100km 西進
2013/7/25 旅洲型 116 石家荘 北海艦隊 宮古島北東100km 西進
2013/7/25 江凱Ⅱ型 538 煙台 北海艦隊 宮古島北東100km 西進
2013/7/25 江凱Ⅱ型 546 塩城 北海艦隊 宮古島北東100km 西進
2013/7/25 福清型 881 洪澤湖 北海艦隊 宮古島北東100km 西進
2013/7/13 旅洲型 115 瀋陽 北海艦隊 宗谷岬西南西250km 東進
2013/7/13 旅洲型 116 石家荘 北海艦隊 宗谷岬西南西250km 東進
2013/7/13 江凱Ⅱ型 538 煙台 北海艦隊 宗谷岬西南西250km 東進
2013/7/13 江凱Ⅱ型 546 塩城 北海艦隊 宗谷岬西南西250km 東進
2013/7/13 福清型 881 洪澤湖 北海艦隊 宗谷岬西南西250km 東進
2013/7/13 旅洋Ⅰ型 169 武漢 南海艦隊 上対馬北東110km 南進
2013/7/13 旅洋Ⅱ型 170 蘭州 南海艦隊 上対馬北東110km 南進
2013/7/2 旅洲型 115 瀋陽 北海艦隊 下対馬南西150km 北進
2013/7/2 旅洲型 116 石家荘 北海艦隊 下対馬南西150km 北進
2013/7/2 旅洋Ⅰ型 169 武漢 南海艦隊 下対馬南西150km 北進
2013/7/2 旅洋Ⅱ型 170 蘭州 南海艦隊 下対馬南西150km 北進
2013/7/2 江凱Ⅱ型 538 煙台 北海艦隊 下対馬南西150km 北進
2013/7/2 江凱Ⅱ型 546 塩城 北海艦隊 下対馬南西150km 北進
2013/7/2 福清型 881 洪澤湖 北海艦隊 下対馬南西150km 北進
2013/6/8 旅滬型 113 青島 北海艦隊 種子島東120km 西進
2013/6/8 江凱Ⅱ型 547 臨沂 北海艦隊 種子島東120km 西進
2013/5/27 旅滬型 113 青島 北海艦隊 宮古島北東110km 東進
2013/5/27 江凱Ⅱ型 547 臨沂 北海艦隊 宮古島北東110km 東進
2013/5/27 福清型 881 洪澤湖 北海艦隊 宮古島北東110km 東進
2013/5/13 江衛Ⅱ型 566 懐化 東海艦隊 沖縄本島沖南西660km 西進
2013/5/13 江滬V型 559 佛山 東海艦隊 沖縄本島沖南西660km 西進
2013/5/7 江衛Ⅱ型 566 懐化 東海艦隊 与那国島沖北東44km 東進
2013/5/7 江滬V型 559 佛山 東海艦隊 与那国島沖北東44km 東進
2013/4/16 旅洋Ⅱ型 170 蘭州 南海艦隊 宮古島北東110km 西進
2013/4/16 江凱Ⅱ型 572 衡水 南海艦隊 宮古島北東110km 西進
2013/4/1 旅洋Ⅱ型 170 蘭州 南海艦隊 沖縄本島沖南西650km 西進
2013/4/1 江凱Ⅱ型 569 玉林 南海艦隊 沖縄本島沖南西650km 西進
2013/4/1 江凱Ⅱ級 572 衡水 南海艦隊 沖縄本島沖南西650km 西進
2013/4/1 江衛Ⅱ型 572 衡水 南海艦隊 沖縄本島沖南西650km 西進
2013/4/1 玉昭型 572 井崗山 南海艦隊 沖縄本島沖南西650km 西進
2013/3/30 旅洋Ⅱ型 170 蘭州 南海艦隊 沖縄本島沖南西640km 東進
2013/3/30 江凱Ⅱ型 569 玉林 南海艦隊 沖縄本島沖南西640km 東進
2013/3/30 江凱Ⅱ級 572 衡水 南海艦隊 沖縄本島沖南西640km 東進
2013/3/30 玉昭型 572 井崗山 南海艦隊 沖縄本島沖南西640km 東進
2013/2/13 旅滬型 113 青島 北海艦隊 宮古島北東100km 西進
2013/2/13 江凱Ⅱ型 538 煙台 北海艦隊 宮古島北東100km 西進
2013/2/13 江凱Ⅱ型 546 塩城 北海艦隊 宮古島北東100km 西進
2013/1/31 旅滬型 113 青島 北海艦隊 宮古島北東100km 東進
2013/1/31 江凱Ⅱ型 538 煙台 北海艦隊 宮古島北東100km 東進
2013/1/31 江凱Ⅱ型 546 塩城 北海艦隊 宮古島北東100km 東進








2014年8月10日日曜日

第四百九十二段 音速の遅い読書「経済安全保障―経済は安全保障にどのように利用されているのか」

最近読んだ本の中で「国際情勢を眺める時の思考整理・事例分類をするのに有益な概念が紹介されているな」と思ったのが2冊あったので、その概念について簡単な抜粋をば(抜粋文書中の太字化赤字化は当ブログ作者による)。

で、今回はその2冊目の紹介。



内容は、書名の通りで各国政府が用いる様々な経済的手段が安全保障政策上どのような意味を持つのかについて、分類・整理したもの。

最近、ウクライナ問題に端を発したロシアとNATO諸国等との経済制裁の撃ち合い、ちょっと時を遡って中国が日本等を対象として発したレアアース禁輸措置等の意義を把握するには非常に良い一冊なのではないかと、当ブログ著者は考えています。

とりわけ、基本にして重要だと思えるのが以下の8つの経済・通商政策分類。つまりは経済的安全保障(ES)政策における各手段。

(1)シグナル(signal)
ターゲットに有効や反対の意思、能力、決意などのメッセージを伝えるための経済的手段。例えば、米国が1980年に対ソ穀物輸出の大幅削減やハイテク製品禁輸によってアフガニスタン侵攻への強い憤りをソ連に示した例や、ロシアが2000年代全般にわたってエネルギーの供給と遮断を通じて、近隣諸国に親露路線への好感と親欧米路線への反感を伝えた例が挙げられる。

(2)強化(strengthening)
自国あるいは自国の安全保障上重要な国家のパワー(国力)を維持・補強するための経済的手段。例えば、フランスは1936年に、ドイツを牽制・抑止するためにフラン切り下げによる軍事支出の増大を試みた。あるいは、中国は1990年代から2000年代全般にわたって、大切な緩衝国の崩壊を防ぐため、北朝鮮に対して一定レベルの経済交流とエネルギー供給を継続した。

(3)封じ込め(containment)
敵対国のパワー(国力)増大を妨害し弱体化させるための、あるいは敵対国を崩壊させるための、経済的手段。典型的な例として冷戦時代の米国によるソ連や中国への貿易統制が挙げられる。

(4) 強制(coercion)
ターゲットを安全保障上望ましい方向に動かすために経済的損害を与える措置、あるいはそうした脅し。例えば、フィンランドのNATO接近を阻止するためにソ連が1958年に行った経済制裁、各国の親イスラエル姿勢を修正させるためにアラブ諸国が1973年に行った米国、オランダへの石油輸出禁止などが挙げられる。

(5)買収(bribe)
ターゲットを安全保障上望ましい方向に動かすための、経済的利益の提供、あるいはその約束。例えば、米州機構からのキューバ追放を支持させるため米国が1961年にハイチに約束した資金援助、ドイツ統一やソ連軍の東ドイツ撤退を求めて西ドイツが1990年にソ連に約束した経済支援などである。

(6)相殺(counteralance)
自国あるいは安全保障上重要な国家に対する「経済的な悪影響」を緩和あるいは無効化するための経済的措置。例えば、ソ連は1950年代末に米国の対ソ資産凍結に備えて、自国のドル預金を米国からロンドンの銀行へ預け替えた。米国は1930年代後半から40年代初めにかけて、ドイツや日本の中南米への経済的・政治的浸透を防ぐため、メキシコとブラジルに金融支援を行った。

(7) 抽出(extraction)
 安全保障上重要な資金や資源を調達するための、経済的依存の利用。例えば、ドイツは1930年代後半、東欧諸国の貿易・金融面での対独依存を利用して、これらの諸国から綿や鉱物などの戦略物資を調達した。イギリスは第2次世界大戦の際、ポンドブロックを通じてインドやエジプトにハードカレンシーの提供やポンド債の購入を促し、戦費を調達した。

(8)誘導(entrapment)
ターゲットの国益を発動国寄りに変容させていくための経済的依存の利用。ターゲット国内に「経済的第五列」(economic fifth column)―――発動国(ESを行う国)との経済関係に死活的利害を有するがゆえに発動国寄りの政治スタンスをとる利益集団―――を増殖させ、彼らの影響や勢力の浸透を通じて、「発動国の利益を尊重することが自国の利益にもなる」とターゲットが認識するようにターゲットの国益を変容させ、ターゲットを自発的な協力や迎合に誘う。例えば、1930年代後半のドイツは、東欧諸国の一次産品を高額・大量購入することで東欧内に親独勢力を育成し、彼らを利用して東欧諸国をドイツ寄りに動かそうとした。あるいは、2002年以降の中国は、中国大陸への輸出と直接投資の促進によって、台湾の対中経済依存を深化させるとともに台湾内に親中派を増大させ、台湾世論を独立反対と統一支持へ傾けようとしてきた。

上記8つの政策分類なんですが、(8)なんて中国語で言う所の「以商逼政」そのものですね。

2014年8月9日土曜日

第四百九十一段 音速の遅い読書「現代地政学: グローバル時代の新しいアプローチ」

最近読んだ本の中で「国際情勢を眺める時の思考整理・事例分類をするのに有益な概念が紹介されているな」と思ったのが2冊あったので、その概念について簡単な抜粋をば(抜粋文書中の赤太字化は当ブログ作者による)。


まず最初に取り上げるのは、以下の一冊に挙げれらていた「地政的コード」という概念。






ある国が世界に対して自らを方向付けするやり方は地政的コードと呼ばれる。
世界各国は、5つの主な想定から成る地政的コードを定義する。
(a)目下の同盟国および潜在的な同盟国はどの国か。
(b)目下の敵国および潜在的な敵国はどの国か。
(c)どのようにして同盟関係を維持し、潜在的な同盟関係を促進するか。
(d)目下の敵国にどうやって対処し、脅威の出現にどのように対処するか。
(e)上記4つの想定を国民とグローバル社会に対してどのように正当化するのか。
上記5項目のうち、特に(e)について、「国民とグローバル社会」のどちらか一方への正当化に成功すれば、政府がその対外政策を維持・推進できるか否かは半々と言ったところだろうが、不幸にも両方で正当化に失敗すれば対外政策はおろか、政府さらには国家自体の命運が危うくなるだろう。

※2冊目は次段にて・・・・

2014年4月6日日曜日

第四百九十段 音速の遅い読書「現代トルコの政治と経済―共和国の85年史(1923‐2008)」

今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。




内容をざっくりいうと、著者の左派的な経済観をベースにオスマン帝国崩壊の中からトルコ共和国が産声を上げ、21世紀に至るまでの通史を書き上げた作品である。

ビザンツ帝国の昔から名高いダーダネルス・ボスポラス両海峡の地政学的重要性、そして近年注目の高まる「天然ガス回廊」としてのアナトリアの意義、そして経済的新興国としての発展とその一方で行われる現政権の軍に対する統制のやネット規制の強化等、様々な観点から興味深いトルコ共和国だが、その通史を扱った一般向けの日本語書物というのは数が少なく、その意味で本書は貴重な一冊と言えるだろう。

だが、自分が本書の中で一番興味をひかれたのは、その波乱万丈のトルコ共和国史というより、著者あとがきにある以下の記述である。

「資本主義者」の歴史観もヨーロッパの歴史であり、世界史ではない。「所有権」が基本的人権と強弁され、個人主義と私的所有が礼賛されているが、「私的所有」という形態はヨーロッパですら資本主義の歴史が生まれるまでは存在しなかったのだ。世界の他の地域を含めて、人類史の大半は「社会的所有」の歴史であった。例えば、オスマン国家やその前身であるセルジュク朝は「国家的所有」の歴史を持たない。マルクスはエンゲルスに「東方の秘密の鍵を見つけた。それは国家的所有である」とまで書き送っている。
官僚制国家という点で言えば、中国、日本、そしてロシアでさえも、その経済史は「国家的所有」の歴史である。所謂「未開のアフリカ」も含めて、世界各地の集団は「社会的所有」という概念に親しんできた。

この記述を目にした時、真っ先に頭に思い浮かんだのが、「東洋的専制主義」の成立と展開に鋭く迫ったウィットフォーゲルの議論である。
彼はその大著「オリエンタル・デスポティズム」 の中で、西欧やその他のユーラシア諸地域を対比させ、前者では中央政府の恣意的収奪から独立した経済的基盤を教会や封建諸侯、都市や大商人が保持し得たことで、権力・権威が中央政府以外にも分散された多元的権力社会が成立・展開し、やがて立憲主義へと繋がっていく一方、中央政府が「資本家企業を有利な果樹園のように取扱い、最悪のばあいには、資本制企業の茂みを刈りこみ、はぎとって、丸裸にしてしま」うことが通常化した後者では、中央政府の権力を牽制し得る勢力が一切存在しない「社会よりも強力な国家」が定着し、それが「いかなる法律によっても制約されぬ権力」を行使する共産党その他による独裁政権を受容する社会的下地になった旨を論じている(注1)。

話を「現代トルコの政治と経済―共和国の85年史(1923‐2008)」に戻すと、当作品の著者はあとがきで上記引用部分に続いて「こうしてみると、人類の歴史は元来「社会的所有」の歴史なのであり、資本主義とは偶発的で例外的な現象なのだ。」と述べ、

「資本主義の時代」は人類史の中では「例外的な」ものであろう。未来の世代を含む別の視点から見てみれば、我々が生きている時代を含むこの数百年は、長い人類の歴史の中で「異常で風変わりな」時代であったと評価されることになるに違いない。

と締め括っている。

この著者の見方に自分は基本的に賛成なのだが、その「資本主義の時代」に対する評価については些か異なる意見を持っている。彼の意見をもじって言えば、自分の考えは次のようなものである。

「資本主義の時代」は人類史の中では「例外的な」ものであろう。未来の世代を含む別の視点から見てみれば、我々が生きている時代を含むこの数百年は、長い人類の歴史の中で「異常で風変わりな、だがその前後と比較してまだマシな」時代であったと評価されることになるに違いない。

注釈
注1.このあたりは、当ブログ第四百五十六段 音速の遅い読書「オリエンタル・デスポティズム」 を御参照頂きたい。

2014年2月1日土曜日

第四百八十九段 音速の遅い読書「中世のなかに生まれた近世」

ほぼ半年放置していたブログを久々を更新。

いや色々とあったんですよ。主に艦これに時間とられたとか。

閑話休題、今回の音速の遅い読書で取り上げるのは、以下の作品。



内容をかいつまんで言うと、大名が家臣等に発した種々の書状を分析していくことで、人格的・個人的な支配関係が非人格的・官僚制的な支配関係に移行する過程を明らかにし、そこに中世と近世との分岐点を見出すというもの。

こう書くと如何にも取っ付きづらい専門書のように思われるだろうが、さに非ず。

著者が序文に載せたちょっとした創作おとぎ話を読むことで、読者は本書を読み進めていく上で必要となる問題意識をすんなりと読者の頭の中にインプットすることができるのだ。

その創作おとぎ話は以下の通りである。

むかしむかしあるところに、となりあった二つのくにがありました。けわしい山がつらなる東のくにと、ゆたかな海にめぐまれた西のくにです。東のくにをおさめていたのは、りんとしたきしょうの黒の王さま、西のくにをおさめていたのはおだやかでいつくしみぶかい白の女王さまでした。
黒の王さまのくにでは、まいにちけわしい自然とたたかいながらくらしていかなければならなかったので、みんなが力をあわせてきびきびとはたらいていました。王さまもそのせんとうに立って、川をせきとめたり町をつくったり、いっしょうけんめいはたらきました。いっぽう、白の女王さまのくにでは、ゆたかな自然のおかげでみんなのびのびとくらし、うつくしい文化の花をさかせていました。白の女王さまのけだかくいつくしみぶかいおひとがらが、くにのすみずみにまでいきわたって、平和な日々がながれていました。
あるとき、悲しいできごとがおこりました。戦争です。ささやかないきちがいがもとで、二つのくにのあいだで、たたかいがはじまってしまったのです。
くる日もくる日もはげしいたたかいがつづき、たくさんの血とたくさんのなみだがながされました。どちらのくにも勇ましくたたかったので、しょうぶがなかなかつきません。けれどもとうとう、黒の王さまのくにが勝ちました。白の女王さまのくにのひとびとも、そんけいする女王さまのために、ひっしでたたかったのですが、橋や町をつくりながらみんなで力をあわせてものごとをなしとげるやりかたを知らず知らずまなんでいた黒の王さまのくにには、かなわなかったのです。
たたかいはおわり、白の女王さまのくには、そのはなやかな文化とともにほろんで、二つのくにはひとつになりました。ひろいおおきなくにをおさめるようになった黒の王さまは、はりきってみんなのせんとうに立って、まえよりももっといっしょうけんめいにはたらきました。そのため。のびのびしたくらしかたはすがたをけし、くにじゅうのみんなが力をあわせてきびきびとはたらくようになりました。
これが、この「とよあしはらのみずほのくに」をおそった不幸のはじまりだったのです。

このおとぎ話の中に出てくる「黒」と「白」が何を象徴しているのかは、本書を読んでのお楽しみとして、昨今、日米欧を中心とした「社会や経済に対する介入・統制を緩やかかつ抑制的なものとする」従来の先進資本主義国がかつての勢威を失う一方、中国やロシアのように「社会や経済に対する強権的な介入・統制を厭わない」国家資本主義国が国際社会における存在感や発言力を増す状況下、実に含蓄のあるおとぎ話である(恐らくは著者が望む読み方ではないだろうけど)。