2014年8月10日日曜日

第四百九十二段 音速の遅い読書「経済安全保障―経済は安全保障にどのように利用されているのか」

最近読んだ本の中で「国際情勢を眺める時の思考整理・事例分類をするのに有益な概念が紹介されているな」と思ったのが2冊あったので、その概念について簡単な抜粋をば(抜粋文書中の太字化赤字化は当ブログ作者による)。

で、今回はその2冊目の紹介。



内容は、書名の通りで各国政府が用いる様々な経済的手段が安全保障政策上どのような意味を持つのかについて、分類・整理したもの。

最近、ウクライナ問題に端を発したロシアとNATO諸国等との経済制裁の撃ち合い、ちょっと時を遡って中国が日本等を対象として発したレアアース禁輸措置等の意義を把握するには非常に良い一冊なのではないかと、当ブログ著者は考えています。

とりわけ、基本にして重要だと思えるのが以下の8つの経済・通商政策分類。つまりは経済的安全保障(ES)政策における各手段。

(1)シグナル(signal)
ターゲットに有効や反対の意思、能力、決意などのメッセージを伝えるための経済的手段。例えば、米国が1980年に対ソ穀物輸出の大幅削減やハイテク製品禁輸によってアフガニスタン侵攻への強い憤りをソ連に示した例や、ロシアが2000年代全般にわたってエネルギーの供給と遮断を通じて、近隣諸国に親露路線への好感と親欧米路線への反感を伝えた例が挙げられる。

(2)強化(strengthening)
自国あるいは自国の安全保障上重要な国家のパワー(国力)を維持・補強するための経済的手段。例えば、フランスは1936年に、ドイツを牽制・抑止するためにフラン切り下げによる軍事支出の増大を試みた。あるいは、中国は1990年代から2000年代全般にわたって、大切な緩衝国の崩壊を防ぐため、北朝鮮に対して一定レベルの経済交流とエネルギー供給を継続した。

(3)封じ込め(containment)
敵対国のパワー(国力)増大を妨害し弱体化させるための、あるいは敵対国を崩壊させるための、経済的手段。典型的な例として冷戦時代の米国によるソ連や中国への貿易統制が挙げられる。

(4) 強制(coercion)
ターゲットを安全保障上望ましい方向に動かすために経済的損害を与える措置、あるいはそうした脅し。例えば、フィンランドのNATO接近を阻止するためにソ連が1958年に行った経済制裁、各国の親イスラエル姿勢を修正させるためにアラブ諸国が1973年に行った米国、オランダへの石油輸出禁止などが挙げられる。

(5)買収(bribe)
ターゲットを安全保障上望ましい方向に動かすための、経済的利益の提供、あるいはその約束。例えば、米州機構からのキューバ追放を支持させるため米国が1961年にハイチに約束した資金援助、ドイツ統一やソ連軍の東ドイツ撤退を求めて西ドイツが1990年にソ連に約束した経済支援などである。

(6)相殺(counteralance)
自国あるいは安全保障上重要な国家に対する「経済的な悪影響」を緩和あるいは無効化するための経済的措置。例えば、ソ連は1950年代末に米国の対ソ資産凍結に備えて、自国のドル預金を米国からロンドンの銀行へ預け替えた。米国は1930年代後半から40年代初めにかけて、ドイツや日本の中南米への経済的・政治的浸透を防ぐため、メキシコとブラジルに金融支援を行った。

(7) 抽出(extraction)
 安全保障上重要な資金や資源を調達するための、経済的依存の利用。例えば、ドイツは1930年代後半、東欧諸国の貿易・金融面での対独依存を利用して、これらの諸国から綿や鉱物などの戦略物資を調達した。イギリスは第2次世界大戦の際、ポンドブロックを通じてインドやエジプトにハードカレンシーの提供やポンド債の購入を促し、戦費を調達した。

(8)誘導(entrapment)
ターゲットの国益を発動国寄りに変容させていくための経済的依存の利用。ターゲット国内に「経済的第五列」(economic fifth column)―――発動国(ESを行う国)との経済関係に死活的利害を有するがゆえに発動国寄りの政治スタンスをとる利益集団―――を増殖させ、彼らの影響や勢力の浸透を通じて、「発動国の利益を尊重することが自国の利益にもなる」とターゲットが認識するようにターゲットの国益を変容させ、ターゲットを自発的な協力や迎合に誘う。例えば、1930年代後半のドイツは、東欧諸国の一次産品を高額・大量購入することで東欧内に親独勢力を育成し、彼らを利用して東欧諸国をドイツ寄りに動かそうとした。あるいは、2002年以降の中国は、中国大陸への輸出と直接投資の促進によって、台湾の対中経済依存を深化させるとともに台湾内に親中派を増大させ、台湾世論を独立反対と統一支持へ傾けようとしてきた。

上記8つの政策分類なんですが、(8)なんて中国語で言う所の「以商逼政」そのものですね。